【やり直し軍師SS-388】グリードル74 雌伏の時④
ドラクは独り、王宮の最上階から北の空を見つめている。
2年半。
6ヶ月戦線から実にそれほどの月日が経ったのだ。
「そろそろ決着をつけるぞ、スキット」
決して本人に届くことのない呟きは、ドラクにとっては決意表明のようなものであった。
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スキット=デグローザにとって、この2年半は汚泥を啜るような心持ちだった。
宰相でありながら、苦しい立場に甘んじ続けたのは、ランビューレが負った莫大な損失によるところが大きい。
王を説き伏せ国庫を開け、仇敵ルガーにも振る舞った。ルガーの件を除いても、大軍を起こした事で看過できぬ戦費が発生している。
それらの損失は、グリードル帝国の領地を得る前提での、空手形による先行投資である。とはいえ、決して無謀な賭けではなかった。
両軍の兵数差を鑑みれば必勝だと信じていたし、今でも、あのまま戦えていれば勝っていたという思いは変わらない。
しかし現実は残酷だ。領地を失ったのはランビューレの方。領地的な損失は、元々ウルテアの領土だった部分なのでさしたる問題ではないが、当然使った金は帰ってはこない。
必然的に、決戦を推奨した三宰相への風当たりは強くなる。特に、これを好機と捉える政敵達は、ここぞとばかりに攻め立てた。
内輪もめをしている場合ではない。そのようにスキットが何度訴えても、愚かな者達の耳には届かない。
本来であれば、すぐにでも立て直して再侵攻すべきだった。王にもそのように進言したが、色良い返事は絶望的な状況だった。
先の戦いに時間がかかり過ぎたのだ、時が王の気持ちを翻意させてしまった。
端的に言えば、『己の財産』がみるみるうちに目減りするのを目の当たりにして、ランビューレ王は目先の利益を優先し始めたのである。
失った利益を得ようとすれば当然、民からの搾取が始まる。民とて馬鹿ではない。自分たちが補填してるのは、先の戦いの失態だと分かっている。
結果的に、国内に厭戦気分が蔓延しているのはスキットにも伝わってきていた。
スキットはそれでも諦めずに、『帝国が攻めてくる』と王に説明した。だが、王の返事は『攻めてきたらまた連合を組めば良い』だ。
あれほどまでに根回しをしてなお、薄氷の上に成り立っていた連合など、そう簡単に成し得るものではない。しかし王は嘯き、兵を出そうとはしなかった。
しまいには、
『そもそも、あやつらは本当にわが国を狙っておるのか? いっそ国として認めてやれば、現状に満足するのではないか?』
などと申される。あり得ない。そもそも先に帝国にちょっかいをかけたのは、ランビューレの方だ。
ライリーンを誑かし、親族の治める領土ごと吸収した。その上連合軍を起こして帝国の領土を脅かそうとした。
いずれもスキットが勝手にやったわけではない。ウルテアの滅亡に憤り、『反逆者の国など認めない』と最初に宣言したのはランビューレ王自身である。
何を今更。我が国が認めようが認めまいが、もはや帝国は強大な国家なのだ。
大国を率いるドラク=デラッサが、これでよしとするわけがない。スキットは確信を以て断言できる。
だが、それが王には分からない。
そうこうしているうちに、2年半が無為に過ぎた。
これほどまでの時を与えてしまっては、帝国は完全に立て直しただろう。
決戦の時は近い。
可能な限りの対策を講じておく。スキットにできるのはそれだけだ。
覚悟を決めて対策を練り始めたスキットの元に、第一報が届いたのは10日後の事だった。
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エニオスの王、ガトゥーゾ。
彼はここのところ、酒に溺れる日々が続いている。
2年半前、連合軍には誘われず、グリードル帝国には無視された。ガトゥーゾからすれば大きく面子を潰されるような出来事だ。
連合軍が負けたと聞いた時は「愚か者どもが! それ見たことか」と快哉をあげて酒盃をあげたが、別に帝国との関係が改善されたわけではない。
また、今まで友好関係にあったズイストに対しては、ガトゥーゾ側より一方的に関係を断ち切った。『これより帝国に狙われるような国と付き合っていてもなんの利もない』と通達して。
ガトゥーゾからすれば、今後帝国が狙うのはズイストが本命だ。ランビューレは強国でレグナやルガーは帝国と国境を接していない。
弱い国から喰らうのは鉄則。
そして自国に関していえば、連合軍には参加しておらず、尚且つ袖にされたとはいえ帝国には友好の使者を送っている。帝国と敵対する要素など見当たらず、つまり、最も安全な国家である。
ただ、一つだけ大きな懸念があった。
かつて、妻にと求めたシティバーク家の娘が、皇帝ドラクの伴侶となっている事だ。
どこぞへと逃げたと思っていたシティバークの一族も、帝国で厚遇されているという。
これが帝国が同盟を断ってきた理由か。
ガトゥーゾは鼻白んだ。たったそれだけの事で腹を立てるとは、存外ドラクも狭量であるなと。
同時に、自分に照らし合わせてみれば、妻などいくらでも迎えれば良いのだから、しばらくすればドラクの怒りも収まると思った。
現にレツウィーは第3妃らしい。
ドラクの頭が少し冷えれば、こちらの使者を追い返したことを後悔するだろう。まあ、気持ちは分からんでもないから、向こうから声をかけてくれば、話くらい聞いてやろう。
そう考えていた。
故にこそ、
―――帝国軍、エニオス領内に向けて侵攻中―――
理解できぬ一報を理解するのに時間がかかり、その日から酒が手放せなくなった。
ランビューレと決着をつけるための戦いは、こうして平原の南の端から始まったのである。
次回更新より、帝国編もいよいよ最終章に突入です!




