【やり直し軍師SS-387】グリードル73 雌伏の時③
大剣のガフォル。頭の中でその名を呼び、ガフォルは密かにニンマリする。
通り名がつくのは武将の誉だ。まして、自分が気に入っている武器を象徴とされるのは気分が良かった。
グリードル帝国にやってきて数々の戦功を重ねてきた。今までは“見どころのある若手将校”という立ち位置だったが、先の連合軍との戦いで、完全に一角の将として認知された気がする。
過日、リヴォーテの誘いを断り、今もルガーにいたのならば、このような地位につけたとは思えない。全く不思議なものだ。
6ヶ月戦線。連合軍との戦いが終わった頃、誰ともなしにそう呼ばれ始めた戦いは、ガフォルとリヴォーテの格を大きく押し上げた。武官としての位の昇格と同時に、爵位さえも賜ることになったのである。
リヴォーテにはリアン家の名が、そしてガフォルにはラガン家を名乗ることが許された。ラガン家は元々ナステルの北部貴族が名乗っていた家柄らしい。らしいというのは、ラガン家が絶えて久しいからだ。
一応、かつてはナステル王から姫が降嫁するほどの名家であったというから、かなりの家格なのだろう。
だが正直にいえば、ガフォルは今でも鍛冶屋の息子である方がしっくりくるし、どれだけ高位の家名をもらうよりも、“大剣のガフォル”の異名の方が嬉しい。
とはいえ貴族となり、ラガン家の領地も拝領した。ルガーの生家から家族を呼び寄せる準備も整い、今頃は帝国に向かって出立している頃だろう。
領地経営とは一体何をすれば良いのか、そんなことを考えながら歩いていると、視界の端で見知った服装が目に入る。
あれはリヴォーテのものだ。ちょうどいい。領地の運営、あやつならば良い助言もあるだろう。ちょっと聞いてみよう。余計な一言もついてくるかもしれないが。
そう思って歩みを早め、角を曲がっていったリヴォーテの後を追う。
少し先にリヴォーテを見定め、声をかけようとすると、その様子がややおかしいことに気がついた。
普段の無駄に堂々とした態度はなりを顰め、何やらキョロキョロと周辺を窺いながら隠れるように進んでいる。
滅多に見かけないその態度に、ガフォルは思わず身を隠す。
あやつは一体何をしているのだ?
物陰から改めてリヴォーテを観察してみれば、洋服の中に何かを隠しているように見える。一体、あれはなんなのか。
何かよからぬ物でなければ良いが。
リヴォーテは今や、ガフォルとともにグリードルの重要人物の一人である。まして、慢性的に人材の不足しているグリードルにあって、引き上げたばかりの者の醜聞というのは宜しくない。
リヴォーテは皇帝陛下に心酔しているから、寝返りなどの類とは無縁と思うが、同時に完全に否定できる根拠もなかった。
現に、ランビューレは様々な方法でグリードルを潰そうと躍起になっている。ルガーとの連合などその最たるものだ。
ルガー出身のガフォルからすれば、一時的でもランビューレとルガーが同盟を結ぶなど信じられない話だった。
そんなランビューレがグリードルの内部に手を伸ばさないわけがない。というか、伸ばしている。ガフォルにもそれらしい打診が来た。エンダランド様に相談して、適当にあしらっているが、他の将たちにも似たようなものだろう。
当然リヴォーテにも。
リヴォーテもまた、生え抜きの将ではない。自らの才を見せつけるために祖国を飛び出したのだ。6ヶ月戦線での際立った活躍を見て、他国が望外の地位を用意したらどのように考えるか。
基本的には信用しているが、何をしでかすかわからぬ部分があるゆえに、一抹の不安が拭えない。
どうする。エンダランド様に相談するか?
ガフォルは自問する。
エンダランド様はここのところ、諜報部の育成に尽力している。エンダランド様に任せておけば、リヴォーテに接触してきた者などもはっきりするだろう。
だが。
リヴォーテにあらぬ疑いがかかるのは、ガフォルとしても何か落ち着かぬ気持ちがある。ガフォルが今こうしていられるのは、リヴォーテが誘ってくれたおかげなのだ。密告のような真似はあまりしたくない。
ならば、やるべきことは一つだ。
直接本人に問いただす。誤魔化されるようなら仕方がない。その時はエンダランド様に伝えよう。
腹を決めてリヴォーテとの距離を詰めてゆく。リヴォーテは曲がり角の先を気にして、こちらには気づいていない。
「おい、リヴォーテ」
「うわっっ!!」
飛び上がらんばかりに驚いたリヴォーテ。その服の中に隠されていた物がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「……菓子?」
床に散らばったのは菓子である。慌てて拾い集めながら、こちらを睨むリヴォーテ。
「なんだ急に!? おい、拾うの手伝え!」
「あ、ああ。悪い。しかしなぜ菓子など隠しているのだ?」
「べ、別になんでも良いだろ! サリーシャ様が持って行けとしつこく仰り、断れなかっただけだ!」
それを聞いて、ガフォルは思わず吹き出した。
リヴォーテは両手いっぱいの菓子を持ってうろつくのが恥ずかしくて、こんなにコソコソしていたのか。
そんなガフォルを見て、リヴォーテが再び睨んでくる。
「なんだその顔は? そもそもなんの用だ?」
「いや、なんでもない。俺にもその菓子、食わせてくれ」
「断る」
平凡な昼下がりに、ガフォルの笑い声が響いた。