【やり直し軍師SS-386】グリードル72 雌伏の時②
連合軍の戦いの後処理を終えたスキットは、独り、壁を見つめていた。
今回のあまりにも中途半端な結末。王の考えも、国内の事情も理解はできなくはない。
一方的な侵略戦になるはずが、想定以上の停滞。それにより積み重なる戦費、度重なる負担に不満を口にする民草。
結局、ルガーへの備えは撤退に対する言い訳だ。結局、王は民の不満に折れた。いや、己の求心力の低下に不安を覚えたのだ。
隣国で民衆が兵を起こし、その混乱は今も続いている。自国が同じ憂き目に遭う事はないと、否定できるほどの善政をしいてはいない。
不意に、ドラクがスキットに言い放った言葉が思い出された。
『民のため、というスキットの考えは悪かねえ。けどな、今、平野にある国々の王たちはその民から搾取してばっかりじゃねえか。ランビューレ王はそうじゃねえって、胸張って言えんのか?』
腹立たしく、そして否定できぬ内容。皮肉というには穿ち過ぎかもしれないが、民の前に立つドラクと、民の上に立つ自国の王の差がこの結果を招いたと言っても過言ではないだろう。
だが。
スキットは壁のただ一点を見つめる。そこに浮かぶは、ドラクの顔。
だがまだ、ランビューレは負けてはいない。
ドラクがこのまま良しとするとは思えない。やられたら必ずやり返す男だ。グリードルの反攻は、来年か、それともその翌年か。
今回はやられた。しかし、ランビューレの被害は軽微だ。
スキットはもう一度、己に言い聞かせるように自国の被害の少なさを鑑みる。戦死者はさほどでなく、失った領地は元々ウルテアの土地。
初戦はあいつに勝ちを譲ろう。
それだけの話だ。
スキットは壁から目を離さない。
まるで、そこにドラク本人が立っているかのように。
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その日は久しぶりに帰ったサリーシャを出迎えるため、三妃勢揃いでの晩餐となった。ピスカ、レツウィーはすっかりサリーシャに心を許しており、ドラクとしても穏やかな食卓である。
サリーシャもピスカ、レツウィーへ各地で見かけた物事を面白おかしく話し、部屋には驚きと笑い声が満ちる。
そんな中でたどたどしい足取りで、サリーシャのところへと歩いていったのはビッテガルド。サリーシャも微笑みながら抱き上げ、その膝へと乗せた。
フィレマスの方はもうそろそろ眠いようだ。レツウィーに抱かれながら舟を漕いでいる。
「レツウィー、フィレマスはもう寝かせた方がいいかもしれねえな」
ドラクの言葉に、レツウィーも頷く。
「そうですね。では、陛下、この子を寝かしつけて来ます。戻れるかわかりませんので、ひとまず私はここまでに」
「おう」
レツウィーが退席してしばらくして、その日の夕食はお開きに。ピスカがビッテガルドを連れて部屋へと帰ると、ドラクは「サリーシャ、せっかくだからもう少し飲まねえか」と誘う。
サリーシャが応じたので、場所を移動。ドラクの執務室のある、王宮の最上階へ。
テラスに酒の用意をさせ、改めてグラスを傾ける。酒が喉を通るとともに、満天の星空が目に入った。
「……いい夜だな」
何の気なしに口にした言葉に、サリーシャはくすくすと笑う。
「ドラクらしくない。何かあったのか?」
やっぱりサリーシャには隠しきれないか。改めてサリーシャを見つめれば、月明かりに照らされ、息を呑むほど美しい。
「……何? どうしたの?」
「いや、ちょっと見惚れてた」
「バカね」
「いや、冗談じゃなくてだな……」
「うん。ありがと。でも取り敢えず話を聞かせて」
サリーシャに詰められて、ドラクは後頭部を乱暴に掻く。
「まあ、あれだ。本当に今更の話なんだがな……」
「何かしら?」
「今はなんとかなっちゃいるが、帝国には金がねえ。そして金を得る方法も、今の所ねえ」
「ええ。知っているわ」
「金を得るためには、他国から奪い取るしかねえのが現状だ」
「ええ」
「それって結局、俺達が叩き潰してきた王や貴族と何が違うんだ、そんなふうに思っちまってな」
「……」
「それにあれだ、例えばスキットにだって、妻や子がいるかもしれねえ。今日の俺達みたいに、団欒のひとときがあるんじゃねえ? そう考えたら、なんかちょっと、ほんの少しだけ、迷った」
サリーシャにしか漏らすことのできない弱音。サリーシャは黙ってそれを受け止める。
「……さっきも言ったが、今更だってことは分かってんだ。今更何を抜かしてんだ、ってな。恥ずかしい話だろ?」
ドラクがそこまでいうと、サリーシャがそっと近づいてきてドラクの頭をそっと抱き寄せる。
「サリーシャ……」
「恥ずかしいわけないじゃない。あなたは間違っていない。悩んでそのまま行けばいい。確かに私たちは、他国の幸せを奪って奪って、奪い続けるかもしれないけれど、それでも少なくとも、民に恥じることは何もない」
「ああ」
「それと、スキットは独身らしいわよ。忙しすぎてそれどころじゃなかったって」
「は? なんでお前がそんなこと知ってんだ?」
「忘れたの、ドラクの元へスキットを連れて行ったの、私じゃない」
「あ、そうか」
ドラクはサリーシャから離れて、軽く伸びをした。
「少し……楽になった」
「そう、なら良かった」
二人だけの夜は、ゆっくりと続いてゆく。




