【やり直し軍師SS-382】グリードル68 六ヶ月戦線 33
「何を言っているのだ! 」
スキットとて、伝令兵に怒鳴りつけても仕方がないことは分かっている。それでも声を荒らげずにはいられなかった。
――――ヘインズ砦からの一時撤退を進言――――
多少時間はかかるが、ヘインズ砦の攻略は順調だったはず。それが一転、何が起きたのか?
「スキット様、まずは報告を確認いたしましょう」
同席していた諸将の中から、ルービスが声をあげる。スキットは怒りをなんとか飲み込み、まだやや震える手で書状を受け取った。
ランビューレの指揮官ミトワと、レグナの指揮官サラン、連名となっている。つまり、内輪揉めなどではない。
「サルトゥネの砦が降伏しただとっ……!?」
思わず口にした衝撃の内容に、居並ぶ諸将からも驚きの声が上がる。「バカな」「どうやって」「それこそ虚報ではないか?」いずれからも到底信じられぬという口調が続く。
スキットとて信じられない。だが、ミトワとサランが揃って虚報に踊らされるとも思えなかった。
ならば、サルトゥネが陥落した理由はなんだ。書面ではそこについてはまだ調査中とある。だが、帝国があの地域で最大の砦を手に入れ、背後を脅かされているのは事実。投入した連合軍最大兵力を、万が一にも無駄にするわけにはいかない。それゆえの撤退進言とある。2人の判断は間違ってはいない。
しかも、勝手に撤退するのではなくこちらと連動しようとしている。将として非常に優秀である。
だがなぜ、どうやってサルトゥネは敵の手に落ちたのか。
「やはり、ズイスト側の兵士でしょうか?」
ルービスが口にするように、一番心当たりがあるのは、西部の戦場。ズイスト側を守っていた帝国軍が東へ流れてきた。
「だが、それにしては早すぎる」
砦の規模を考えれば、攻略までには相応の時間がかかるはず。ならば、抵抗できないほどの数の敵が攻め寄せてきたか。
なるほど、ミトワとサランもそれを懸念して撤退を進言しているのか。しかし、それほどの大勢力が西部に控えていたのか? それに、大軍勢が移動する時間としてはやや現実的ではない。
「所詮、あの毒女の親族よ」
誰かが吐き捨てるように言った。その悪態を咎めるものは誰もいない。
誰の事かは全員が分かっている。
ライリーン=メルドー。元々メルドー家の治める領地であったが故に、サルトゥネの砦はライリーンの指名した縁者が任されている。となれば、ライリーンが帝国軍を招き入れた可能性も否定はできない。
「あやつ、今からでも八つ裂きにしてくれる!」
また別の将が怒りをあらわにする。まだ、ライリーンが手引きしたと決まったわけではない。だが、ここまでの速やかな陥落は、多少頭の回る将ならば違和感を覚える展開だ。
仮にライリーンは関係しておらず、サルトゥネの砦の独断だったとしても、メルドー家の血族であるライリーンもまた、その咎は避けられない。ライリーンはやりすぎた。庇う者がいないどころか、罰を与える声が多く上がるだろう。
ライリーンの事はひとまず良い。
今は、今後の戦略をどうするかだ。
ミトワとサランからは、ウィニットの砦まで全体を下げてはどうかとの提案があった。ウィニットの砦は、ランビューレとウルテアの国境にある要衝。立地的にも大軍が集まるだけの広さがあり、何より補給が楽になる。
選択肢は3つだ。
1つはこのままヘインズ攻略を続けるように要請する。場合によっては、このボーンウェルの大砦を囲む部隊をサルトゥネの砦に向かわせても良い。それならば、連合軍は背後を気にせずに戦うことができる。
この戦略の問題点は、ボーンウェルを、皇帝ドラクとその軍を自由にする事だ。中途半端な兵士を手当に置くのは愚策。ドラクの動きに対して後手も回るのを覚悟の上で、ヘインズの攻略を進めるか。
できればそうしたい。だが、失敗した時に被害が一番大きいのがこの方法だ。
では、ヘインズ砦を攻略中の部隊のみ一旦下げてはどうか? それから体勢を立て直し、サルトゥネから順に攻め立てる。
いや、時間がかかりすぎる。こちらが一度退いたと分かれば、東部にいるルガー軍は自国へ帰るかもしれない。十分にありうる話だ。
それにヘインズの砦にある帝国軍が隙をついてこちらに攻め寄せてくるかもしれない。挟み撃ちとなれば厳しい。
最後は進言通りの全軍一時撤退。
確実だが、同時に最も採用したくない。2案同様にルガーは当然前線に残りはしないだろう。4国で起こした連合軍が、2国離脱する。だが、元々戦力としては頭数に入れていなかったルガー。こちらの軍が孤立しないのならば、ここで脱落しても戦力的な被害はそれほどない。
退いた場合、帝国はどう出るか?
ドラクは追撃戦に打って出るか? それならばちょうど良い。いっそ直接決着をつけることができる。大砦攻略よりずっと良い展開だ。
賭けてみるか。
ドラクが出れば良し。反転、この場で勝負をつける。結局、ドラクが死ねば帝国は終わりだ。
ドラクが出てこなければ、一旦仕切り直し。仕方がないが、どこにも大きな被害が出ないのなら、それはそれで悪い選択ではない。
最後は己の心に言い聞かせるように、スキットは決めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ボーンウェルの大砦から、ランビューレ軍が一斉に退却を始めたその日。
砦に籠る帝国軍は、たった一兵さえも城門から出てくる事はなかった。