【やり直し軍師SS-381】グリードル67 六ヶ月戦線 32
それはスキットにとって、悪夢のような数ヶ月となった。
ランビューレの誇る三宰相が心血を注ぎ、プライドを捨て他国へ頭を下げ、自国の損失さえも覚悟の上で築き上げた帝国包囲網。
危うさは否めないものの、兵数差や状況を鑑みれば、圧倒的な優位性は揺るぎないはずであった。
だが、蓋を開けてみればどうだ。最初から期待していなかった東のルガー軍はともかく、西方のズイスト軍、そして最大兵力を投入したヘインズ砦も動きが遅い。
ヘインズ砦に関してはある程度情報が入ってきているからまだ良い。気になるのはズイストの方だ。帝国領内に侵攻する前に兵を割るとはどういう事だ? 正体不明の勢力がズイスト国内で暴れている? そんなもの、帝国の陽動に決まっているだろうが。
その謎の勢力とやらが、10万も20万もいる訳ではあるまい。放っておいて全軍で帝国を侵略すれば良いのだ。そうすれば陽動部隊など行き場を失い先細ってゆくばかり。
多少身を削れば良いだけなのだ。なぜそれがわからぬのか。
監視役に従軍させたルービスによれば、内乱の恐れも否定できないという。
ルービスは優秀だが、根本を間違っている。仮に内乱が事実だとしても、このタイミングで兵を起こすのは、帝国が裏で糸を操っているとなぜ断定できないのだ。
その前提ならば対応も大きく異なったはずだ。どうあれ、帝国を弱らせれば勢いを減じる。結局、帝国攻略へ注力する事が最大の対応策なのである。
とはいえ既に兵を割ってしまった今、文句を言っても仕方がない。それにどういう形であれ、ズイストは領内に不安を抱えてまでこちらに協力はせぬだろう。ならば、半数でも帝国へ向かったという事実を、むしろ好意的に捉えるべき。
兵数は減ったとはいえ、帝国からすれば西部の戦線から他に兵を割く余裕はない。東部同様に、牽制と考えれば悪い展開ではないのだ。
ヘインズの攻略はゆっくりだが確実に進んでいる。ならば、東西に帝国兵を縫い付けておけば、それで十分。
スキットは王都にいる他の宰相へ、『大きな戦略変更は今のところ不要』と認めた手紙を送る。
そうしてボーンウェル砦で、互いにじりじりした睨み合いを続ける中。スキットの元へとまさかの人物がやってきた。
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「ルービス!? なぜお前がここに来る!?」
ルービスの姿を見た瞬間、スキットの胸に嫌な予感がよぎる。ルービスは若いが勝手に持ち場を離れるような人物ではない。そのルービスが西からわざわざこの場にやってきたのだ。
ルービスの第一声は、スキットが予感した通りのものだった。
「申し訳ございません。ズイスト軍、全軍撤退いたしました」
「なんだと!? なぜ、そのような状況になるのだ!」
思わず声を荒らげるスキットに、ルービスは悔しそうに美しい顔を歪ませる。それから彼女が始めた説明は、スキットにとってはやや呆れる内容だった。
「……つまり、帝国の別働隊に自国内で好き勝手に暴れ回られ、さらには呼応した国民の蜂起で戦いどころではなくなった、という事か」
「……結果的には、そのように」
馬鹿げた話だ。結局、中途半端な判断が状況を悪化させた。不快ではあるが、ルービスを責めるわけにもいくまい。
それにしても敵国内で領民を煽り、実際に挙兵まで漕ぎ着けるような将が帝国にいるのか。すぐに思いつくのはエンダランドだが、あやつはヘインズの砦にいる。ならば一体誰がそのような真似を。
「力及ばず、申し訳ございません」
考えを巡らせていたスキットに、ルービスが再度頭を下げる。
「いや、お主のせいではない。気にするな。それで、ズイストの再出兵の見込みは?」
「早々に鎮圧できたとしても、当面は領内の警備を優先せざるを得ません。厳しいかと……」
「そうだな。愚問だった」
「私の部隊はどういたしましょうか?」
ルービスが率いていた1000のランビューレ兵も、一緒にこの場にやってきている。ヘインズへ投入するか。スキットは一瞬迷い、首を振る。
「このままボーンウェル攻略に参加せよ」
「かしこまりました」
陣幕を出るルービスを見送ったスキットは、戦略の修正を検討しなければならんな、と、急ぎ王都への手紙を準備し始めた。
それでもまだ、スキットは心のどこかで戦況を楽観視していた。
ヘインズの砦とこのボーンウェルの部隊は、簡単に退くことは無い。特にヘインズ砦の攻防が終わりさえすれば、そこからは一気にこちらの流れだ、と。
連合軍が起こってからおよそ5ヶ月。
スキットの元へ届いた報告に、スキットは思わず、伝令兵を怒鳴りつけた。
 




