【やり直し軍師SS-379】牧場の娘④
このお話、2〜3話でまとめるはずだったのでが、思いの外長く……
続きは次回更新に回します!
明日からは帝国編再開です!
あれぇ? どうして私は今、フレイン様と2人きりでいるのだろう?
いや、状況は分かっている。分かっているのだ。トランザの宿で美味しい食事を堪能した私は、その場でロア様たちを見送った。ただし、フレイン様とルファ様を除いて。
フレイン様は、今回の商談会の裏方を取りまとめてほしいとロア様に依頼され、このまま私達と商談会場へ向かう事になったのだ。そしてルファ様は『私も馬、見たい!』という極めて純粋な欲求によって残られている。
ルファ様はセシリアお嬢様とも仲が良いようなので、特に問題ない。それに正直、商談会場に戻るまでの道中、おしゃべりが好きなルファ様がおられるのは大変助かった。
その後夕方まではこの4人で、商談会の準備を進めていたのだ。やはりフレイン様は噂に違わぬお方で、馬についての造詣が深い。知識だけでなく実践的であることは、馬に触れる所作が物語っている。
この人は本当に馬が好きなのだなぁと思ったら、少し嬉しくなった。私はたまたま就職先が牧場で、それまでは一度も馬に触れてこない人生を送っていたのだけど、今ではすっかり賢くて可愛らしいこの動物の虜だ。
愛情を以て接してあげれば、しっかりと応えてくれる。私にとって、馬の手入れをしている時間は至福の時だと断言できる。そしてまさに、その至福に時間を過ごしていた時の事。
「お嬢様、王妃様よりご使者がお越しです」
セシリアお嬢様が呼び出され、ルファ様も一緒についていった。そうして私とフレイン様が残された。
……二人きりになると、大変気まずい。先ほどのトランザの宿での無礼、何処かで謝罪しなくてはなと思っているのだけど、なんと切り出して良いのかわからない。
しばらく、二人とも黙々と馬たちの手入れを続ける。
最初に口を開いたのはフレイン様だった。
「トゥリアナ、その……ひとつ誤解を解いておきたいんだが……」
「は、はい! なんでしょうか!?」
誤解? もしかしてあの程度のお言葉はお世辞にも入らないから勘違いをするな、とかだろうか? 身構える私に、フレイン様は苦笑する。
「私はお世辞など言ってはいない」
やっぱり。なら勘違いも甚だしい。私は顔が熱くなるのを感じる。
「そ、そうですよね! あんなお言葉なんて、お世辞にも入りませんよね! 私ったら、過剰に反応して恥ずかしいです! すみません!」
「は? いや……」
「お昼もおかしなことを言ってすみませんでした!」
ああ、もう。できればこの場から逃げ出したい。でも流石にまた逃げてしまっては、今後の業務に差し障りがあるだろう。恥ずかしくても、我慢しなくちゃ。
つい俯いてしまう私に、フレイン様は少し強い口調で否定する。
「違うぞ。そうではない。私はお世辞など言っていないのだ! ……ああ、これでは先ほどと同じか。その……あの時言った言葉は、お世辞でではなく、本心だと言いたかったのだ!」
「ふへ?」
無意識に変な声が漏れた。
お世辞ではなく本心。頭の中がぐるぐるして、言っている意味がわからない。
「私はあの時、トゥリアナの手を見て美しいと思った。だからつい、そう口にしてしまったのだ。もしも不快であったのなら謝罪しよう」
「め、迷惑だなんて決して!! ……その……う、嬉しかったので、つい逃げてしまってすみません!」
「そうか、それならば良かった」
本当に心からホッとしているようなフレイン様。そんな表情をすると、年相応に見える。考えれば私とそう変わらないご年齢なのだ。そのお年で国の中枢部にいる。私からすれば想像もできない。
ともかく、一連のやり取りでなんだか空気感が変わった。この機会に私の手を褒めてくださった意味を、もう少し詳しく聞いてみたいけれど無理。絶対に無理。重苦しい緊張はほぐれたけれど、今度は別の緊張が襲いかかってきた。
その後もなんとなく口数少なに馬の手入れを続けていると、セシリアお嬢様が戻られる。
「ルファちゃんと一緒に王妃様にお話に伺ってくるわ。あとは任せても良いかしら?」
「あ、はい」
「じゃあよろしくね。フレイン様も、失礼致します」
「ああ。では、また」
セシリア様がいなくなり、再び馬の手入れ。頭数は多く、牧場ほどの人手はない。やるべき事はいくらでもある。
というか、今更ながらに気がついた。フレイン様から協力を申し出てくれたとはいえ、このような雑事まで手伝わせてしまって良かったのだろうか?
私は馬越しにそっと、フレイン様を盗み見る。
優しいお顔で、馬を撫でるフレイン様に胸がドキリとした。
このままそのお姿を眺めていたい気もするけれど、残念ながらそれはできない。もう良い時間だ。流石にこれ以上フレイン様を拘束するわけにはいかない。
「あの、フレイン様。そろそろ時間が……」
言われて初めて気づいたように、フレイン様がこちらを見た。
「ああ、もうそのような時間か。馬の面倒を見ていると、ついつい時間を忘れてしまうな」
……私も同じだ。よくそれで牧場長に怒られる。
「では今日はここまでに……」
そう言いかけた時、お腹がくうとなる音がした。一瞬自分かと慌ててお腹に手をやるも、恥ずかしそうにしたのはフレイン様だ。
「失礼。私の方だ」
思えばフレイン様はお昼を食べていなかった。それではお腹も減るはずだ。
「長々と引き留めてしまいすみません」
「いや、好きでやっているのだから構わん……その、トゥリアナは夕食はどうするのだ
?」
「私ですか? 適当に街で買ってこようかと」
「ならもしよければ、私と夕食を共にしないか? トランザほどではないが、良い店を知っている」
「え!?」
「もちろん、嫌でなければだが。無理強いするつもりはない」
「嫌だなんてことはありません!」
「そうか、では決まりだ」
「あ、あの、せめて着替えてきても良いですか?」
「ああ、もちろん。ここで待っている。ゆっくりとで構わない」
私の運命の数日間は、こうして始まりを告げたのである。




