【やり直し軍師SS-38】語り手、大陸を巡る②
「旅一座の人数、ですか」
ゾディアに向けた、ロアの問い。
「そう。大体で良いのだけど分からないかな。どの位の食料が必要か、ある程度目処を立てたいんだ」
「そうですね……私も全ての旅一座を把握している訳ではございませんが……、交流があるのは30程、恐らくですが、全部合わせても50組いるかいないかだと思います」
「50か……思ったよりも少ないね」
「そうですか?」
旅一座は生まれては潰えてゆく不安定な者達だ。
芸に人々を惹きつけるものがなければ、明日食べるものにも困るし、そうでなくてもさまざまな理由で解散に追い込まれる。
生きて解散できれば良い方。見知らぬ土地でひっそりと命を落とすことも珍しくはない。
「……なるほどね。それで、人数はどんな感じ? 確か、ル・プ・ゼアは16人くらいだっけ?」
「ええ。一人新しく参加したので、今は17人ですね。うち(ル・プ・ゼア)は比較的多い方です。少ないところで5人位の所帯もあります。私が知る限り、多くても20人を超えるくらいですか。30人もいるような旅一座は聞いたことがありません」
人数が多くなれば、食い扶持が増える。一座を維持するのは余程でも30人が限度だと思う。
「じゃあ、多めに見積もって30人の旅一座が50あると考えよう。1500人か。うん、思ったより少なくて良かったよ。これなら1年分の食料を確保しても、さほどの負担もなくなんとかなるかな」
「……1500人が少ない、ですか?」
あまりにもあっさりというものだから、ゾディアは少し驚いてしまった。1500人といえば、山間部の寒村よりも遥かに多い。それだけの人数の1年分の食料といえば、決して少ない量ではない。
「うん。最悪5000人位いたらどうしようかと思っていたからね」
ゾディアとロアでは話している規模が違いすぎる。これが、今や歴史を動かす立場にさえいる、ロア=シュタインか。
「さてじゃあ、量の問題は解消した。今度は配給場所だけど……」
何事もなかったかのように話を進めるロアに、ゾディアはたとえその後調子を崩しても、改めていずれもう一度、星を読ませてもらいたいと密かに考えるのだった。
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「凶作が起きて、大陸から食料が消える? それでロア=シュタインが大陸全土の食料を確保する準備を進めている? いやはや、流石にそれは……」
ゾディアの持ち帰った話に、ベルーマンが呆れた顔をする。気持ちは分からなくはない。ゾディアとて、ロアが未来を知るという前提がなければ、大袈裟な話だと断ずるだろう。
だが、今はその点を議論している場合ではない。
「ロア様は天候を読む術を持っているの。圧倒的な先見の明と天を知る力、加えて私が見ていた最近の凶星、これらを総合すれば十分にあり得ると思う……いえ、ありえるわ」
ロアが未来を知っているとは説明できないので、事前に相談の上、天候を読めるということにした。
「ロア=シュタインは天も操るのか?」
ベルーマンの顔が引き攣る。
「操るのではなく、読むの。私は間違いなく凶作は起こると思う。実際にこの間いた街では「夏野菜の出来が良くない」と聞いたでしょう」
「確かに聞いたけどな……」
「ここで、起きるか起こらないかを議論している時ではないわ。凶作にならなかったら笑い話で良いの」
「けれど……、旅一座を一堂に集めるなんて、前代未聞だ」
「そうかもしれないけれど、やらなければ、同胞が飢え死ぬかもしれないわ」
なんとか説得しようとするゾディアに、ベルーマンは目を細める。
「どうしたのかしら?」
「いや、ゾディア、君なんだか変わったね。まるで、全ての旅一座のまとめ役みたいだ」
そんな風に言われてゾディアは顔を顰める。
「ああ、いや、悪く言っているんじゃないんだ。そう捉えたのなら、ごめん。今までのゾディアって、なんか人から一定の距離をとっている感じだったから。少し意外だっただけなんだよ」
実感はないが、もしも自分の本質が変わったのであれば、それは間違いなくあの地味な軍師様の影響だろう。或いは自分の星も、ロアの影響を受けているのかもしれない。
いや、受けているかもしれないどころではないか。ロアの秘密を知る数少ない人物の一人が、私だ。ロアを中心とした星の周りの中に私の星もあるに違いない。
そう考えて思わず苦笑してしまったゾディアを、ベルーマンが心配そうに覗き込む。
「本当に悪く言ったつもりはないんだけど……」
「ごめんごめん。そうじゃないわ。いえ、多分、私も少しは成長したのかもしれないわね。さ、私の話は良いの。ベルーマン、同胞を助けるために、協力して。お願い」
「分かったよ。君がそこまでいうなら。それに、同胞が飢えるのは僕だって不本意だ。けれど、どうするつもり?」
「ローレフの悲鳴を使うわ。届けられる全ての一座に、ローレフの悲鳴を届けて、集まってもらう」
「……まあ、一番確実だとは思うけれど、本当に大丈夫なのかい? もしも何事もなかったら、僕らは大ひんしゅくを買うことになる」
「覚悟の上、と、言いたいところだけど、反対する人がいるなら、私はル・プ・ゼアを離れて、個人として「ローレフの悲鳴」を使うつもりよ」
一歩も引かぬゾディアに、今度こそベルーマンは折れた。
「……ル・プ・ゼアにとって、君は欠かせない仲間だ。君一人に責任を負わせるわけにはいかないさ。覚悟を決めたよ。君に、いや、君とロア=シュタインに協力しよう」
のちに、揺蕩う者達の間で「ローレフの叫び」と呼ばれる一件は、こうして始まったのである。




