【やり直し軍師SS-377】牧場の娘②
「やあ、君がトゥリアナだね。ロア=シュタインです。よろしく。まあ、楽にしてよ」
初めて対面するロア様は、ちょっと拍子抜けするほどしょみ……じゃなくて、ふつ……でもなくて、そう、親しみやすそう! 親しみやすそうなお方だった。
「し、失礼します!」
「今回は色々ありがとう。助かってます。早速で悪いのだけど、今回の馬達の輸送について、問題点があったら教えてくれる? 気になったことはなんでも構わないから」
そんな風に言うロア様に、ラピリア様が待ったをかける。
「ちょっと、ロア。まずは昼食を先にしましょ。そうでないとトゥリアナは報告ばかりで食べられないわ」
「あ、そうか。ごめんごめん。ついつい食べながらでいいかと思ってしまったけれど、トゥリアナの方はやりにくいよね。食べ終えてからにしよう」
苦笑して、テーブルへと手を差し出す。その先にはすでにたくさんの料理が並んでいた。
ロア様との昼食会で連れてこられたのは、トランザの宿の個室だ。田舎者の私でも耳にする、王都の名店中の名店。ずっと先まで予約が埋まってしまうと噂の個室に、こうして私がいるのが信じられない。
ロア様は『急な頼みでごめんね』と宿の娘さんに言っていた。急でも何とかなるのか。ロア様ほどのお方になると、予約なんかいらないのだろうなぁ。
ロア様と一緒にやってきたのは、こちらも英雄にてロア様の伴侶、ラピリア=シュタイン様。それにウィックハルト様。ウィックハルト様はセシリアお嬢様の兄上でもあるから、私としては余計に粗相ができない。
それともう一人、私よりも年若い娘さんがいた。最初は一体誰だろうと思っていて、お名前を聞いて驚いた。かの、ルファ=ローデル様だったのだ。聖女として名高いルファ様。もっと年上のお方を勝手に想像していた。
私を知っているのはセシリアお嬢様と、かろうじてウィックハルト様くらい。緊張が凄い。到底料理の味などわからないと思うけれど、とはいえせっかくのトランザの宿、味わえないのはあまりにも勿体無い。
妹が前に『人生で一度でいいから行ってみたい』と夢みがちに呟いていたトランザ。少しでも楽しまなければ。
「あ、マナーはあまり気にしなくていいからね」
ロア様が口にしながら、自ら手づかみでパンをとる。多分、私のためにわざと粗野な行動をとってくださっているのだろう。私もおそるおそるスプーンを掴み、目の前に置かれたスープに口をつけた。
直後に鼻腔を抜ける強い魚介の旨み。内陸部の王都でこれほどまでに海の味を感じたことに驚く。というか、これって……。
「もしかして、ビベールですか?」
「あ、良く分かったね。凄い。トゥリアナは海沿いの出身なのかい?」
「いえ。私はハクシャの近くのベルエスという小さな村の出身です。でも、海の方に親戚がいるので……」
「それでか。やっぱり海沿いに親戚がいると、ビベールを食べる機会もあるよね。あ、でもウィックハルトは知らなかったっけ」
「そうですね。うちの領地の方では珍しいです。その親戚はどのあたりに?」
「えっと、ロッソロッソです」
私が答えると、反応したのは意外にもロア様の方だ。
「ああ、岬の町、ロッソロッソか。いいよね。あそこ。夕日が綺麗だ」
「あら、ロアは行ったことがあるの? あまり聞かない名前だけど」
「うん。“前に”少しね。ラピリアが知らないのも無理はないよ。ルデクでも一番南西にある小さな港町だから。そうか、あの辺もビベールが取れるんだねぇ」
ロア様の博識には驚いた。特に特徴のない町なのに、ロア様はいらした事があるのだろうか? そんな事を考えつつ、もう一度スープを口に運ぶ。隣ではセシリアお嬢様も同じスープを口にして、その美味しさに感嘆の声を上げる。
「私も初めて食べますね。これほどに旨みの強い魚が、なぜ人に知れ渡っていないのでしょうか?」
「……まあ、色々あるからねぇ」
ロア様は誤魔化したけれど、ビベールの容姿が大きな理由だろうなとは想像がつく。それに、確かにビベールは美味しいけれど……。
「このスープ。ビベールの味が濃い気がします。普通はここまでではないような……」
「へえ。トゥリアナは随分と味覚が鋭いんだね。リヴォーテとどっちが凄いかな。これはビベールを干したものを煮出したんだよ。だから味が濃いんだ」
「ビベールをですか? 初めて聞きました」
「ロッソロッソでは一般的でないのかも。そうだ、君の親族にも干しビベールの生産をお勧めしてくれるかい? 質が良ければ王都で買い取るから」
「え? ビベールをですか?」
「うん。今、王都の料理人の中で密かに注目を集めている食材なんだよ。結構良い値で売れると思うよ」
あれが王都で流通するのか。でも、高値で売れるなら、それは多分ありがたい話だ。
「早速伝えてみようと思います」
「頼むよ。じゃあ、干し方のコツなんかは後でまとめたものを届けるから」
「お気遣いありがとうございます」
思わぬ話になったけれど。高貴な方々が競い合って、ビベールなんて食べていると思ったら、少しだけ気持ちが楽になる。
それからの私は、緊張感など何処へやら、あまりの美味しさに、思う存分にトランザの宿の料理を堪能したのであった。




