【やり直し軍師SS-372】西方討伐19
僕が探していた人物は、リュアージュ城の最上階にいた。血の匂いが漂う部屋のバルコニーにもたれかかり、外を見ながら佇んでいる。
「ここにいたのか。探したよ」
僕が声をかけると、始めて気づいたとばかり振り向くザード。人気のない城内だ、いくら周辺が騒がしいからといって、僕らの足音は聞こえただろうに。
「おや、皆さんお揃いで。もしかしてこの部屋に何か御用でしたか? でしたら私はすぐに立ち去りますんで……」
へこへこしながら出て行こうとするザードを僕が手で制する。
「君に用があってきたんだよ。少し、話せるかな」
「私にですか? しかしこのような場所では些か……。明日にでも改めませんか?」
「いや、できれば今がいい。うん。警戒するのも分かるよ。だからまずは、僕が何を話したいのか聞いてほしい」
バルコニーを背にして、黙ってこちらを見るザード。一応聞くつもりはあると判断して、僕は続ける。
「君も知っている通り、僕の部下には優秀な諜報がいてね。君の事を調べさせてもらった。苦労したよ。元シューレットの諜報部にいたというのに、ザードの存在は全く確認できなかったんだ」
極めて優秀で交渉力もあるのに、正体の掴めない存在。念の為、僕はネルフィアに調査を依頼した。そしてネルフィアは単身、ザードを調べ始めたのだ。
僕が人数を使った方が良いのではと聞くと、『本当に危険な相手であれば、人を使えば気取られます』と言って。
「……」
「多分君は完璧に過去を消したのだろう。僕の知る中で一番有能な諜報員でも、君の痕跡を見つける事はできなかった」
諜報活動をしていた頃は、当然別の名前を使っていたはずだ。それでも、容姿や喋り方の癖など、どこかしらに足跡は残る。
特にザードの場合は諜報部を抜け、フィリングに雇われるというはっきりとした経歴がある。にも関わらず、ネルフィアの調査を以てしても、なにも出ては来なかった。
「……」
「ようやく君の欠片を捉えたのは、つい昨日の事さ。確かに君は、完全に痕跡を消していた。消しすぎたと言っていい。僕の部下はその点に注目した」
いくらザードが優秀であろうと、ここまで徹底した存在の抹消は、到底一人ではなしえない。
ならば、手伝った人間が複数いるだろうとネルフィアは踏んだ。ザード本人が無理なら、搦め手から攻める。そうして少ない情報をかき集めて、ようやく正体に辿り着いた。
「かつて、シューレットの諜報部には、“羽虫”と呼ばれる人物がいた」
ザードが初めて、表情を動かす。月明かりを背にしているので判然としないけれど、笑っているような気がする。
「“羽虫”なんて、とるに足らない存在だ。随分な秘匿名だよね。けれど、暗号性は高い。例えば、“羽虫がうるさい”なんて言葉を暗号に使えば、どこで話していても自然だもの」
これは、シューレットの諜報部で実際に使用されていた言葉らしい。ネルフィアの調査能力には感嘆するばかりだ。
「……」
「もう、説明するまでもないけれど、この“羽虫”が君だね。ザード。そして元、シューレット諜報部の長官でもある」
ネルフィアをもってしても、簡単に身元を探れなかったはずだ。多分、シューレットの諜報部全体で動き、ザードの存在を消したのだ。
ザードはなおも答えない。けれど、先ほどよりも明らかに楽しんでいる様子が伝わってくる。
「流石に僕も、ここまでの大物だとは思わなかったよ」
思い返せばユイメイがザードを初めて見た時、厄介だと評価した。その言葉をもう少し重視すればよかった。
「と、ここまではどうかな? 君にとっても、楽しい話だと思うけど?」
「いやぁ。楽しくはありませんねぇ。で、もしも仮に私がその“羽虫”だとして、それがなんだというんです? 本当の羽虫のように叩き潰しますか?」
ザードがようやく口を開く。
「いや、そんなつもりはないよ。ただちょっと、僕は答え合わせをしたいなと思ったんだ」
僕の返答に、ザードは初めて少し首を傾げる。
「さて、意味がわかりませんが」
本当に意味が分からないのか、それとも、のらりくらりとかわしているのか、この後に及んで掴みどころのない人物だ。
まあいいや、逃げないところを見ると、会話する意思はあるんだろう。
「ここからは単刀直入に聞くよ。今回の戦い、裏で糸を引いていたのは君だね、ザード。いや、正確に言えば、ここで“反乱分子をまとめて殺す”ように段取りした人物、かな」
僕の一言に、今度はこそザードは、はっきりと暗い笑顔を見せた。