【やり直し軍師SS-370】西方討伐17
「敵軍、当国へ向け迫っております!」
つい先日、建国したばかりのシュレイア帝国。皇帝イルフェリオの元に届いた一報に、イルフェリオはフンと鼻を鳴らす。
「どうせ威嚇行動に過ぎん。それよりも、賛同者はまだ現れぬのか?」
「……そちらは、まだ……」
独立宣言から7日、未だにシューレット各地から、シュレイアへの編入を求める声はない。イルフェリオとしては、大軍よりもそちらの方が気に入らない。
「各地へきちんと伝えているのであろうな?」
「は、それはもちろん……、それで、何人かの貴族が『説得のために所領へ戻りたい』と申し出ておりますが……」
「許可せぬ。それでは敵前で逃げ出すようではないか。所領に戻るのはあの不心得者どもが、己の国へと逃げ帰ってからで良い。それまでは、貴族も兵も、この帝都から出ることは罷りならん。夜の見張りも徹底せよ。逃げるものはこの余が自らその首を刎ねてくれる!」
「……かしこまりました。ではそのように手配いたします」
配下が部屋から出てゆくと、イルフェリオは「使えぬやつだ」と悪態をつく。そんな様子を見ながら、弟のサウザンドが不安そうな声を上げた。
「兄上……」
「サウザンド、俺のことは陛下と呼べ。こういったことは最初が肝心だ」
「すみません、陛下。しかし、本当にあやつらは攻めてこぬのでしょうか? それならばなぜ、兵をこちらへ進ませているのでしょう」
「心配するな。数は多くても烏合の衆よ。むしろこちらとしては好都合。各国の元首がわざわざ我が戴冠を祝いに来るのだからな。足並みを揃えているが、水面下の思惑などバラバラよ。考えても見るが良い。あやつらはほんの数年前まで互いに戦争をしてきたのだぞ。余が餌をちらつかせてやれば、こちらにつく国も出てこよう。そうなれば見ものである」
「そのようにうまく行きますか?」
「いく。すでに、密かに各国への打診を行なっているのだ。どことは言えぬが、色良い返事も届いておる」
「おお、さすがあにう……いえ、陛下です」
「で、あろう。くくく」
「しかしそれならそれで、下々の者にそう伝えればよろしいのでは? 陛下の言葉に、心安らぐ者は多いかと思いますが」
「阿呆め。こういった謀略は、秘匿しておくものだ。どこから誰が聞いているかわわからぬ。お前もくれぐれも、口を閉じておけ」
「かしこまりました。でも、兄弟達には伝えても?」
「そうだな。そのくらいは構わん」
この会話の数日後には、噂話が城中を駆け巡ってゆくのだが、イルフェリオは全く気づいてはいなかった。
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「ほお、これがリュアージュ城か。古めかしいが、美しい城だ」
僕の横でシューレット文化の粋を極めた古城を眺める、皇帝、ドラク。
「そうですね。これが見納めになるとは、少々残念な気がします」
僕がこの城を見るのは3度目だ。過去の2回は、昔の未来で旅した時の事。最初は一緒に旅していた軽業師の一座と。2度目は一人で放浪している時。
明日にも攻城戦が始まる。この城も無事で済むとは思えない。灰塵に帰さなければ幸運だろう。
「まあ、仕方ねえ話だ。しかしあいつら、随分と強気だな」
10万を超える兵士が取り囲む中、イルフェリオから降伏や弁明の使者はなかった。大した胆力というか、なんというか……。
当初は海からでも逃げたのかと思った。けれど、近隣の海岸線は全てゴルベルの船団が押さえている。密かに脱出できるような状況ではない。
「何か企みがあるのかもしれません」
「お前なら、この状況でどんな手を打つ? ロア」
「そうですねぇ」
どう転んでも勝ち目はない。なら、やれる事は数えるほどだ。
「可能かどうかは別として……僕なら、一連の派手な演出の裏で、城の地下から長い洞窟を掘るでしょうね。それこそ、とんでもない距離の」
「脱出路ってことか?」
「ええ。こうして僕らが城を囲むのを待って、城に火を放ってから逃げます」
「ああ、死んだ事にして生き延びようってか」
「正解です。名を捨てて生きるなら、どうにか逃げ切れるんじゃないかと思います」
「……まあ、確かになくはねえな。で、その自称皇帝はその策を取ると思うか?」
「顔を見てもいない相手ですからね。どうでしょうか。ですが、まあ、それならそれでいいんじゃないかと」
立場を捨て、名を変えて逃げ落ちた敗者。最早それは、世界になんの影響も与えない存在だ。自称皇帝の名前だけでも炎の中に消えるなら、落とし所として問題はない。
「嘘をつけ。お前は確信してんだろ? イルフェリオは逃げねえ、というか、そんな考えに至れる相手じゃねえとな」
「それは陛下もじゃないですか?」
「まあな」
ガハハと笑う陛下。まあ、多分、逃げない。というか、そういう発想ができる人物なら、もう少し上手く立ち回りそうなものだ。
すでに準備は整っている。あとは明日、決着をつけるばかりである。
そして、その夜。
密かに僕の元に、ネルフィアがやってきた。