【やり直し軍師SS-37】語り手、大陸を巡る①
「ル・プ・ゼアに、風の神ローレフの加護があります様」
「ラス・ド・ネイトの方々にも、風の神、ローレフの加護を」
旅一座ラス・ド・ネイトの者達は、ゾディア達に何度も手を振りながら去ってゆく、これから旧リフレア領、現在は北ルデクと呼ばれる地域を目指すと言っていた。
「感謝されるのは良いけどさー、全然進めねえなー」
デンバーが小さく小さく不満を漏らした。ル・プ・ゼアでも最も年少のデンバーの物言いに「こら、そのように言うものじゃないよ」と軽く注意したのはベルーマンだ。
べルーマンは旅一座ル・プ・ゼアを立ち上げた人物で、一座のまとめ役である。
「でもさー」
「デンバーの言いたいこともわかるけれど、しばらくは仕方がないだろうね」
「ごめんなさいね」
ゾディアが会話に加わりデンバーに謝ると、デンバーは「別に謝るようなことじゃねえよ」と口を尖らせてそっぽを向く。
そう、仕方がないのだ。現在のル・プ・ゼアは大陸に生きる全ての旅一座にとって、救世主として讃えられるような状況だったのだから。
大陸を襲った未曾有の凶作、この影響を最も大きく受ける可能性があったのは、浮草のような存在である旅一座の面々になるはずであった。
旅一座の多くは町村で芸を披露して糧を得る。しかし町村に余裕がなければ、根無草達に分けられる糧など存在しない。大陸全土でそのような状況となれば、旅一座は各所で飢え死ぬしかない。
そんな危機を救ったのが、ル・プ・ゼアであり、大軍師ロア=シュタインである。
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ーールデクの第10騎士団のロアという人物が、ゾディア達を探しているーー
そんな話を同業者伝に聞いたのは夏の初め。ゾディア達はゴルベルにいた。
今回は「ローレフの悲鳴」ではないのだな。ゾディアは少しだけ首を傾げた。同時に、ここのところ空に凶星が瞬くことが多くなったことと、何か関係があるのかもしれないと考える。
「ベルーマン、どうかしら?」
ゾディアはべルーマンに声をかけた。一座の行き先を決めるのはべルーマンだ。あまり人付き合いの上手い男ではないので、街に入ればゾディアが顔役の真似事をするが、あくまでベルーマンの代理である。
「……そうだね。ロア=シュタインか……」
もはやロアは有名人だ。ロアが動けば何かが起こる。時勢に影響されやすい旅一座においても、注目すべき人物となりつつあった。
「………………」
長考するベルーマンの返答を黙って待ちながら、ゾディアは何の用であろうかと思いを巡らせる。それから、ロアの周りの星を読んでおくべきか、そのように考えて頭を振った。
あの方の星を読むと、逆に混乱するかもしれない。
実際に、一度ロアの星を見たときは、しばらく星読みの調子を崩してしまった。あの方の特殊な事情を考えれば、それも仕方のないこと。
ロアが未来を知っているという事実は、ゾディアを含めたごく一部の者しか知らないことだ。そしてそのロアが呼んでいる。今回ばかりは、ベルーマンの方針に口出ししてでも、ルデクトラドに向かったほうが良いのかもしれない。
そんなことを考えていると、いつの間にかべルーマンが黙ってこちらを見ていることに気づいた。
「どうかした?」
ゾディアの顔を見つめていたべルーマンは、「うん」と頷き、何か納得した表情になる。
「ルデクトラドに行こう」
ベルーマンの決定を受けて、2人の会話を聞いていたル・プ・ゼアのメンバーは、早々に移動の準備を始めた。
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こうして、ルデクトラドに到着したのは暑さ厳しい季節のこと。
「ああ! 良かった! ちょっと急ぎの相談があったんだよ!」
そんな風に自室に出迎えたロアは、以前と変わらぬように見えながらも、どこか特有の雰囲気を身につけ始めている。
それは皇帝ドラクの纏うものによく似ていた。
英雄、傑物などと呼ばれる人物達が纏うものだ。この方はどこまでゆくのだろう。
「それで、どうされたのですか?」
ゾディアの質問に、ロアは少し表情を改める。部屋にはゾディアとロア以外には、ウィックハルト、ラピリア、ネルフィアだけ。サザビーが部屋の前で見張りをする物々しい状況だ。
この状況から考えれば、まず間違いなく未来の話。ゾディアも真剣に聞く姿勢になった。
「大陸全土を凶作が襲う。このままだと、たくさんの人が死ぬよ」
ある程度大きな話は覚悟していたが、ロアの口から出た話は、ゾディアであっても「まさか」というべき内容だった。しかし、ロアが言う以上、凶作が起こるのだ。
「……それでね、今、各国の食料をルデクで賄えるように南の大陸へ打診をしているんだ」
「北の大陸全ての? しかしそれなら………」
凶作を喧伝すれば良いのではと言いかけて、ゾディアは止まる。各国がどこまで信用するか? 各国で対応に大きな差が出れば、隣国間で揉めるかもしれない。下手をすれば、大陸全土で食べ物を奪い合う戦となる。それなら一律でルデクが差配した方が混乱は少ない。
そのように思い当たって、背筋に冷たいものを感じた。この方はそこまで想定しているのだろうか? それとも、偶々か。
「あ、帝国には手伝ってもらうけどね」
などとのほほんというロアに、ゾディアはかろうじて微笑みを返す。
「………それは大事ですね………」
「それでさ、、気になったのだけど、旅一座の人たちはどうなるんだろう?」
ロアの言葉にゾディアは虚をつかれる。旅一座の人間というのは、極論で言えば国にとっては存在しないのと同義の存在であるのだ。
ゾディアのように個人的な付き合いでもなければ、このような状況下で旅一座を気にする為政者は皆無と言って良い。
驚くゾディアにロアは続ける。
「旅一座の分の食料を確保して、どこかで提供できるようにしたいのだけど、旅一座の人数や、提供方法なんかを相談したくてゾディアを呼んだんだ」
ロアの笑顔に、ゾディアはただただ深く、頭を下げるのだった。




