【やり直し軍師SS-366】西方討伐13
シューレット王都に次々と集まる人の群れ。その全てが兵装であり、この状況を引き出したフィリングであっても、わずかに恐怖を感じる光景が広る。
ツァナデフォルの軍勢がやってきてからわずか六日の間に、王都の周辺に全ての国の部隊が到着した。
報告によれば別々の場所から我が領内に侵入してきたはず。にも関わらず、このような短期間での到来は驚異的と言える。
こちらが目立った抵抗を見せなかったからとはいえ、やはり、戦うという選択肢は無謀であったと改めて思った。無謀どころか、ただの無知だ。
各国の元首は周辺に陣幕を用意し、王都には足を踏み入れていない。これは当国への配慮であると同時に、我々をそこまで信用していないという意思表示であろう。
ラスターデ王とフィリング、ザードは、各国の思惑を汲み取った上で、こちらも王都より出て同じように陣幕を設え、各国を出迎えた。
今日は各国の要人が集まる会議が行われる。シューレットの命運を分ける、大切な話し合いとなるだろう。
「そろそろ向かうとしよう」
ラスターデ王の呼びかけに応じ、フィリングは席を立つ。シューレット側から参加するのは、ラスターデ王、フィリング及び、ピリアノ王女、アイバッハ王子の四人だけ。
厳密には案内役としてザードも参加するが、こちらは従者の扱いだ。一国の王の取り巻きとしてはあまりに寂しい陣容だが、それもまた、各国を刺激しないための選択である。
ピリアノ王女はともかく、まだ年若いアイバッハ王子はすでに顔色が悪い。
先ほど裏で密かに腹のものを戻していたのは把握しているが、無理でも何でも参加してもらわねばならない。次代のシューレットのためにも。
足取り重く、指定された陣幕へと踏み入れば、すでに各国元首が集まっていた。ラスターデ王が開口一番遅れたことを詫びると、帝国の第一皇子ビッテガルド=デラッサが軽く首を振る。
「いや、ラスターデ王は遅延してなどおりません。別件で少々話し合いがあったので、先に集まっていただけです。謝罪は不要につき、どうぞ、ご着席を」
ビッテガルド皇子は帝国軍がここまでやってきた時も、中心になって受け答えをしていた。今回の軍を率いるのはこの人物であるのだろう。
とすれば、帝国はそろそろ代替わりを考えていると思われる。それはルデクも同じで、こちらもゼランド王子が軍を率いていた。
自国の内情を考えれば羨ましいことである。
しかしそれを羨んでいる場合ではない。座って早々にフィリングは手をあげ、発言を求めた。
「もし、差し支えなければ、その“別件”というのをお伺いしてもよろしいですか?」
王都を囲みながら別件などないだろう。シューレットに関することであれば、可能な限り知っておきたい。
しかしビッテガルドは少し困った顔をする。少なくとも、この地に来てから常に自信を漲らせていた人物とは思えぬ表情だ。
すると、ビッテガルドに代わって口を開いたのは、ルデクの宰相、ロア=シュタイン。
「フィリング殿の懸念は分かります。そして、確かに先の話し合いは、今回の一件に全く関係ないというわけではありません。というのも、各国の兵站に関する調整ですので、あまりお気になさらずに」
「そうでしたか。出過ぎた発言をお許しください」
「いえ。それでは始めましょうか」
こうして会議は粛々と始まった。
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「そうでしたか。出過ぎた発言をお許しください」
どうにか納得してくれたフィリングさんに、僕は心の中で冷や汗をかく。
危なかった。こちらとしてはできれば穏健派の一派には友好なままいてほしい。不要な軋轢は避けるべきだ。
だから後にしようと言ったのに……。
僕が密かにビッテガルド皇子とサピア様を恨めしげに見ると、ビッテガルド皇子は少し気まずそうに、サピア様は知らぬとばかりそっぽを向いた。
この事前の打ち合わせ、発端はこの2人である。
そして理由は『今回の競争の勝者はどちらか』、つまり、僕のレシピを得るのはどちらの国かという点。
一番最初に到着したのはツァナデフォルだ。単純に考えればツァナデフォルが勝者。けれど制圧した砦や集落の数では帝国の方が多かった。
同じ数であれば、帝国も、もっと早く到着できたというのがビッテガルド皇子の主張である。
よくよく考えれば、サピア様とビッテガルド皇子には因縁がある。帝国北部で両国がやりあっていた頃、ビッテガルド皇子は皇帝と共にその戦場にいたのだ。
もちろん今もなお険悪というわけではない。為政者として相応の対応をしている。だけど今回、久しぶりに両者の闘争心に火がついてしまったのである。
これは僕のミスといえる。シューレットでなるべく血を流さないためにの一策で、各国を競わせようとしたのだから。
ともかく、フィリングさんが懸念していた事前の話し合いとは、かようにしょうもない話なのだ。
正直に話した場合、僕が逆の立場なら、侮辱しているのかと激昂してもおかしくない。流石に話せる内容ではなかった。
まあいいや。僕が口を開いたことで、なんとなく進行役のような雰囲気ができた。このまま話を進めてしまおう。
僕は一度咳払いをすると、会議の開始を宣言するのだった。




