【やり直し軍師SS-365】西方討伐12
シューレット王ラスターデは、フィリングの差し出した報告書と、手元にある一覧を見比べ始めた。一覧に名前がある者には、丁寧に棒線を引いてゆく。
そうして作業を一通り終えると、どこか悲しげなため息を吐いた。
「予想していたとはいえ、半分程度か……」
比較していたのは、各地を任せる領主や砦の責任者達の名前だ。これだけの騒ぎになって、王へと判断を仰いだのが半分程度というのは少ない。
「まだ、これから使者を寄越す者達も少なからずおりますゆえ」
フィリングの言葉は虚しく響く。
確かにまだまだこれから報告は来るだろう。だが、すでに来ていないとおかしい人物が多数並んでいる。
この者達はおそらく、王ではなく王の子息達を頼ったのだ。つまり、今回の企みに加担した者達とみて良い。
数少ない救いは、思ったよりも軍部が王子達に靡いていなかった事だ。一方で、貴族連中は目に見えて少ない。シューレットの貴族は王家との血の関係が複雑だ。その弊害なのだろう。
「王としての器の小ささを嘆くばかりであるな」
ラスターデ王が自嘲気味に言葉を漏らす。実際、6年前に一度見限っているフィリングには、適当な言葉が見つからない。
しかし少なくとも、フィリングは6年の間に王の評価を改めていたし、今は素直に、現王のより長い治世を望んでいる。
現状、非常に厳しい立場に立たされているシューレットを切り盛りできるのは、誰よりも広い視野を持っていたこの王しかいないと。
実際に今回も、王は果断な決断をした。他国の侵入に対してあえて何もせず、国内の主だった者達の動向を見極めることにしたのだ。
結果的に、誰が何を考えて動いているかが浮き彫りになっている。これであとは、厳しい処断をできれば良いのだが……。
「フィリングよ。私の首を差し出せば、皆の助命嘆願はできると思うか?」
そのような発言をしてしまう王。あまりにも優しく、あまりにも頼りない。これが子息や貴族達の不満を募らせた。
「王よ、失礼を承知で申し上げます。裏切った者達などに気をかけるのはおやめくださいませ。あやつらを増長させるだけにございます」
「分かっている。分かっているはいるが……」
「無論、王子、王女の助命に関しては、私も全力を尽くします。ロア=シュタインらは、子女の首を望んでいるわけではありませぬ。降伏さえすれば、命までは取られますまい」
「だが、抵抗した場合はどうなるのだ? 子らだけではない。妻や、その親族も一緒にいるのであろう」
「……可能な限り、努力いたします」
フィリングに言えるのはそれが精一杯だ。最終的に、彼らがどのような決断をするかは分からない。だがおそらく、今後のためにも見せしめは必要だろう。
室内を重苦しい空気が包む中、部屋をノックする音がした。
「なんだ? 今は取り込み中だ」
フィリングの言葉に、「ザードが帰還いたしました」との声。
「王よ、一度失礼します。ザードが戻ったようです」
「私も報告を聞こう。この場に連れて参れ」
王の命令で部屋へとやってきたザードは、やや落ち着かぬ面持ちで床に膝をつき首を垂れる。
「ザード、報告せよ」
フィリングの言葉にザードは顔をあげぬままに言葉を紡ぐ。
「四方より進軍しております各国の軍ですが、おそらくあと5日もせずに、王都へと姿を現し始めるかと」
「もうか」
分かってはいたが、些か驚く。いくらなんでも早すぎる。
「それで、どの国の軍が一番先に?」
王の問いに、ザードはますます頭を低くした。
「おそらくは、北、ツァナデフォル。ですが、他の国もほとんど変わりないかと」
「各地の被害はどうだ?」
「今の所、大きな被害は出ておりません」
「そうか。ご苦労であった。下がって良い」
「ははぁっ! 失礼致します!」
ザードが下がると、王は人差し指で自らのこめかみを軽く叩いた。
「どのように出迎えるか、考えぬばならぬ」
戦ってはいない。だが、シューレットはまごう事なき敗戦国。出迎えの対応次第で、領内が戦火にさらされる可能性とてあり得た。
「まずは私が参りましょうか?」
フィリングの申し出を、王は手で制する。
「いや、これは王たる私の責務だ。私が一番前にでて、自ら各国を迎えねばならん」
「我々が各国に協力を求めたが故に、このような辱めを。誠に申し訳ございませぬ。全てが片付いたのちは、この命を持って」
「待て。フィリングの提案を受け入れたのは私自身だ。そもそもが我が血族が招いた問題。国を守るために最善手を打たんとしたフィリングを責めるつもりはない」
「しかし……」
「くどい。命を捨てる覚悟があるならば、泥を啜ってでもこの局面を乗り越えるために働くがよい」
「御意に」
最初の軍勢が北よりやってきたのは、ザードの報告の通り、きっかり5日後のことであった。




