【やり直し軍師SS-364】西方討伐11
シューレットの王都、アリポトス。
王宮内は数多の侵攻情報の殺到により、混乱の極みにあった。各所から大陸の全ての国が攻め入ってきたのだ。国家の存亡に関わる、未曾有の事態に他ならない。
王都に舞い込む数々の報告は、フィリング=イザレストが集約し、それぞれに指示を与えてゆく。と言っても命令はただ一つ。「抵抗するな」である。
フィリングの言葉に、納得できないのは一人や二人ではない。いや、むしろほとんどの人間が怒りを露わにしながら不服を漏らす。中にはあからさまに暴言を叩きつける相手もいた。
それでもフィリングの対応は変わらない。「国を滅ぼしたくなければ、抵抗するな。どうしてもと言うなら、一人で突撃せよ」と冷淡に言い放つ。
報告の波が一旦引いたところで、フィリングは己の肩を揉みながら、片眉を上げて自嘲した。
―――この数日でどれほどの恨みを買ったであろうな―――
全てが落ち着けば、自分は暗殺されるかも知れない。暗殺ならまだ良い。下手をすれば、公衆の面前で罵声を浴びながら殺される。
だが、それもまた覚悟の上だ。
「一度王にご報告申し上げてくる。ここまでに報告にきた者達の一覧を」
フィリングが対応していた部屋の隅で、報告者の名前、所属、内容を書き留めていた書記に声をかけ、手を差し出す。書記から一覧を受け取り、
「しばらく席をはずす。報告にきたものは別室に待たせておくように。分かっていると思うが、同じ部屋にはまとめるな。必ず別の部屋に分けて待機させよ」
そのように命じて部屋を出た。
「―――と、現在のところはこのような状況です」
「各国は約束を守っておるか……」
要求を飲めば、極力血は流さない。ルデク宰相、ロア=シュタインが取りまとめた方針。それを各国は守ってくれている。侵攻速度は恐ろしく早いが、今の所大きな混乱は起きていない。
尤も、各地に詰める兵士は多くて二千そこらだ。総勢数百名という砦の方が多い。数万の大軍相手に抵抗など無意味だ。
手渡した一覧にラスターデ王が目を通す中、その娘、ピリアノが青い顔をしながらしみじみと言葉を漏らす。
「本当に、このまま無事に終わるのかしら。王都を囲んで、私達の首を差し出せなどとは言わないのかしら?」
ピリアノの言葉に、実弟のアイバッハが小さく悲鳴を上げた。その場面を想像してしまったのであろう。
「ご心配めさるな。ザードの報告によれば、ロア=シュタインは無意味に約束を反故にするような人物ではないと聞いております。私も一度その姿を見たことがありますが、実に穏やかそうな御仁でございました」
「ですが、そのロアが良くても、他国の方々が良しと思っておられないかも知れないでしょう。帝国やツァナデフォルの軍は、とても恐ろしいと聞きます」
今更か。フィリングは心の中で苦笑せざるを得ない。
フィリングやザードが言葉を重ね、ルデクや帝国を敵に回す危険性を何度も説明した、ピリアノやアイバッハでもそうなのだ。我が国でどれだけの人間が、彼らを敵に回す危うさを理解できていたか。
娘達の不安を和らげるように、王が優しくその手を掴む。
「安心せよ。可能な限り穏便に済ますために、こうして苦渋の決断をしたのだ」
そのように口にするラスターデ王。王としては優しすぎる口調と物腰。これが子息達や貴族らに弱腰と映ったのだ。しかし、今、こうして現実を突きつけられてみればどうだ。最も現実を正確に把握していたのは、シューレットにおいて、この王ただ一人だったのではないかという気すらする。
未曾有の凶作、それに伴ったルデクと帝国の急激な台頭。時を置いて考えてみれば、あれは歴史の転換期であったのだ。
のちの歴史家がどう書き記すかは分からない。
だがかつて、シューレット王家が現在のルブラル、シューレット、ゴルベルの領地を治め、栄華を極めていた時代を、歴史は『大ルブラル時代』と呼んだ。
なれば今はさしずめ、『ルデク・グリードル時代』といえよう。
新たな時代の牽引者を機敏に感じ取ったゴルベル、そしてツァナデフォル。ルブラルもそうだ。彼らは両国の風下に立つことを躊躇わず、どうにか新たな時代に対応しようとしている。
対して、新時代の到来を理解できなかったのが我が国なのだ。いや、ただひとり、ラスターデ王は理解していた。だからこそ、ルデクや帝国の支援に対してすぐに頭を下げることができた。
一方、我々臣下や子息達は愚かなほどに彼らを侮った。2大強国など誇張とばかりにたかを括り、己らの小さな世界だけで物事を解決しようとした。未だに己らが、大ルブラルであるかのように。
終わったのだ。
そのような甘い時間は、はるか昔に終わっていたのだ。
此度の侵攻を見て、フィリングでさえようやく、本当の意味で完全に理解した。彼らが本気になれば、10万の兵を起こすことができる。しかも装備も兵の強さも、何もかもがシューレットのはるか上をゆく軍隊が。
真剣に書類を睨む王を見ながら、フィリングはこの国の行く末に静かに思いを馳せていた。




