【やり直し軍師SS-363】西方討伐10
最後はいよいよ、リヴォーテが指揮する帝国の動きだ。
実は帝国の情報が一番早く届いたのだけど、一番最後まで待ってもらっていた。せっかくなので、楽しみは最後に回したい。
帝国軍の様子を見てきた第八騎士団のその人は、ザイアさんというのだけど、ザイアさんはたっぷりともったいぶってから、口を開く。
「グリードル帝国は、ツァナデフォルのように兵を分けることもなく、大軍勢で粛々と進んでおりました」
「ふんふん」
「その様子が一変したのは、ゴルベルとシューレットの国境を越えんとしたところ。国境の先には、すぐに小さな村がございました。入国手続きを行うような施設もあり、規模の割にはいくばくかの兵士が詰めているような場所です」
「ほうほう」
ザイアさんは身振り手振りを交えながら、臨場感たっぷりに話を進めてゆく。
元々こういう話し方をするそうで、『本来なら、他国の動向を報告させるには不向きな人材なのですが、ロア様にはむしろ良いかもしれません』というネルフィアの推薦で、帝国の動きを追ってもらっていたのだ。
「リヴォーテ様が、兵を一斉に止めると……。そうそう、やはり平野の覇者である帝国軍、と言ったところですね。停止命令を受けた際の足並みも、見事なものでございました。こう、『ざっ』という感じに、『ざっ』と!」
なるほど、ザイアさんが業務報告には向いていないのは非常に良く分かった。同時に、僕としては大変ありがたい人材といえる。5万人もの兵士の一斉停止、それはさぞ見応えがあったろうな。『ざっ』か。うん。実際に見たいな。
「やっぱり、止める足は決まってる感じ? 右足だった? 左足だった?」
「さすがロア様は良いところに目をつけますな。最後に止めるのは右足のようでした。こう、一斉に右足を『ざっ』と!」
「おお。右足を『ざっ』とね!」
盛り上がる僕とザイアさんに、水を差したのは双子。
「おいロア」
「『ザッ』はもういい」
「早く続きを話せ」
「でないとそいつをぶっ飛ばす」
無粋だなぁ。けれど、周りを見れば僕とザイアさん以外は困った顔をしてこちらを見ている。むう。仕方がない。僕は咳払いをして続きを促した。
「一斉に止まった兵士達。その中から一部の兵がそれぞれ何かを取り出しました。輜重隊が配り歩く物もございます。ロア様、一体なんだと思いますか?」
「え〜なんだろう。わざわざ謎かけにするって事は、武器や食料のようなありきたりな物じゃないよね? そうだなぁ……何かヒントを」
「左様でございますな。割と一般的な道具かと思います」
「一般的な? なんだろう? 全く思いつかない。もうちょっと……」
「おいロア、いい加減にしろ」
「とりあえずそいつ、ぶっ飛ばすな」
いよいよ双子は肩を回し始めたので、ザイアさんは慌てて話を継続。
「なんとですな。帝国兵は楽器を手にしたのですよ!」
「楽器?」
「はい。先ほど一部、と申し上げましたが、それでも数千の兵士が楽器を手にしておりました。勇壮とした音楽が流れる中、威風堂々と国境を越えたのです。太鼓の音が轟き、笛の音が兵達を掻き立てます。離れた場所から見ていた私ですら、何やら湧き上がるものを感じた次第」
「楽器かぁ。そうきたかぁ」
一人納得する僕の横で、ゼランド王子が説明を求める。
「先生、音楽を流したということは、それで兵士の士気を上げて進軍しようという意図なのですか?」
「ああ、うん。それもあるだろうけれど、むしろ、一番の狙いは別だと思う。つまりリヴォーテは音を武器にしたんだね」
僕の答えにパンと手を叩いたザイアさん。
「さすがはロア様! おっしゃる通りです! 大音量に何事かと顔を出したシューレット兵は、一体何が起きたのか理解できずに、しかしその大軍に目をむいて慌てて逃げて行きました。また、住民はこちらもポカンとしたまま訳も分からずに、帝国の説得に取り込まれたのでございます! それも行く先々で、似たような光景が!」
今一歩理解しかねているゼランド王子に僕が補足。
「音楽は使いようによって、相手に与える印象を変えます。いくら大軍であっても、愉快な音楽を流しながらやってきたら、市民はどう感じると思いますか?」
「敵対しているわけではない。音楽でそのように伝えた、という事ですか?」
「ええ。少なくとも最初は。そして兵士達はまた、別の印象を受けるかもしれません。何がしたいのか分からない、得体の知れない大軍。これは恐ろしい。同時に虚を突かれる事でしょう。僕なら一旦引いて、相手の真意を見極めたいと思います。まして相手の人数を考えれば、消極的な選択をせざるを得ない」
背景に5万という馬鹿みたいな大軍があるからこそのメチャクチャな策だ。けれど同時に、この大軍が今回の戦いでは足かせだった。
あまりにも多すぎる兵士に対して、市民が恐慌状態に陥る可能性は十分にあったのだ。恐怖に駆られて頑なになれば、そこから説得するのは難しい。
だからリヴォーテは楽器を持ち出した。奇策極まりない一手だけど、被害を出さぬ戦いに限定すれば、妙手だ。
リヴォーテは人々の理解の範疇を越えることで、恐怖よりも先に『驚き』を呼び起こし、帝国の大軍の利点を最大限に活用し、難点を強引に解決してみせたのである。
要所を的確に押さえた戦略。鋭見のリヴォーテはこのような戦いもできるからこそ、強い。
なおも続くザイアさんの報告。僕はその夜、ザイアさんと夜遅くまで帝国軍の動きで盛り上がったのであった。




