【やり直し軍師SS-362】西方討伐⑨
今回の侵攻にあたり、連合軍はいくつかの取り決めを行なっていた。中でも特に大きな決め事は2つ。
1つは『出来うる限り、シューレットの民や街に被害を出さない』事。シューレット王が僕らの条件を飲んだ以上は、これが大原則。
それともう1つ。各国で侵入経路を分けると決めた。今回の戦いで、一番穏当に制圧していった国に、僕が賞品を出すとしたためだ。
ついでに、シューレットの反乱分子を一箇所に追い詰めるためでもある。下手に他国に逃げられないように、各方面から圧力をかける。
おまけとして、ゴルベルからシューレットに侵入するには、ルブラルを通過しなければならないという事情もあった。
すでにルブラルから通過の許可は得ており、ルブラルからも兵の供出があったとはいえ、あまりまとまっていない方が、ルブラル王を刺激しないのではないかと言う配慮である。
各国でも最強の機動力を誇り、専制16国との関係も深いツァナデフォルは、ルブラルから専制16国まで迂回して北から攻めてもらう。
逆に領土が近いゴルベルは南から。残った中央部は程よく距離をとって、帝国とルデクが進む手筈。
今回の戦い、僕には少し楽しみな事があった。各国がどのような方法で制圧して行くのか。その方法だ。
通常であれば砦や町村を囲み、降伏を促すのが無難だろう。けれど、ひとつひとつそんなことをしていては時間がかかりすぎる。これだけの面々が揃っているのだ。ひと工夫もふた工夫もしているに違いない。
身体が4つあれば、それぞれの部隊に従軍したいくらいだ。それだけが悔しい。
まあ、各国の戦い方については、第八騎士団の報告を楽しみにしておこう。
ちなみに僕らルデクの基本戦略は、第八騎士団を軸とした。ネルフィアやサザビー、シヴィはもちろん、動員できる第八騎士団の全てを連れてきた。これはこれで贅沢な話である。
既に第八騎士団に、侵攻ルートでこれでもかと流言を流してもらっている。今頃は、各地で大混乱となっているだろう。
そんな中で迫り来る大軍。シューレットの民からすればたまったものではない。
実際に僕らの元には、何もしなくとも次々と降伏の使者がやってきている。一部には、西へ逃げ去っていった兵士の姿もあったらしい。守り切れぬと判断し王都へ向かったか、それとも、だ。
順調に進むこと7日。その夜、陣幕でゼランド王子と明日の打ち合わせをしていた僕の元へ、ようやく待望の知らせが届く。もちろん、各国の戦略についてである。
「サピア様は部隊を細かく分け、各地へ向けて一斉に解き放ちました」
「部隊を細かく? 折角の大軍なのに? それでどうしたんだい?」
ついつい身を乗り出してしまう僕に、報告にやってきた諜報員は、若干その身を引いてから続けた。
「所定の砦や町村に到着した部隊は、ただ黙って目的の場所を包囲するだけ」
「ほうほう」
なるほどなー。少部隊とはいえ、精強を誇るツァナデフォル兵だ。
特に、彼らの乗っている騎馬は通常よりも大きい。ツァナデフォル産の馬を見るのは初めて、という人々も少なくない。その威圧感たるや、何も知らない一市民の気持ちを想像しただけで身震いする。
手を出さなくても、ただ睨まれ続けるのは精神的に来るものがある。集落や小さな拠点はこれで簡単に心折れるだろうな。本隊はその間に大きな街や砦を狙うだけですむ。機動性に優れたかの国だからこそ成立する戦い方だ。
「おいロア」
「顔がやばい」
一緒に聞いていた双子が呆れた声をあげ、僕はにやけた頬を戻そうと、自らの両手を添えた。
次にやってきた知らせは、南のゴルベル。
「ゴルベルは大船団を率いて、海岸線より脅しをかけております」
そうきたか! 僕は思わず手を叩き、今回も諜報の人がなんともいえない顔をする。
造船事業を一手に手がけるゴルベル。そんなゴルベルではルデクや帝国に倣って、巨大な旗艦船を建造していた。今回はそんな自慢の一隻のお披露目かな? 他にもたくさんの軍船を引き連れて来たのだろうなぁ。
元々北の大陸では、海戦という考えがあまりなかった。当然、ゴルベルに対抗できる海軍など、シューレットには存在しない。海岸に現れた、予期せぬ脅威。これはただ恐ろしい。
同時にこの一戦は、海軍という存在に対して一石を投じるかもしれない。歴史が一つ動く瞬間を目の当たりにしているのでは、そう考えると鳥肌が立つ。
「ロア」
「やばいぞ」
双子が同じことを言う。それでも僕は頬が緩むのを止められなかった。