【やり直し軍師SS-361】西方討伐⑧
シューレットの第一王子、イルフェリオ。
国家乗っ取り計画の中心人物であるこの男の元に、『敵軍侵攻』の一報が入ったのは、ツァナデフォル軍が領土に侵入した後の事。
オルルカの地に連合軍が結集してから、実に25日後の話である。あまりにも遅すぎる情報察知だが、イルフェリオだけがとりわけ愚鈍であったわけではない。
イルフェリオの兄弟たちもまた、さして変わらぬ遅さでの察知。これはイルフェリオと連合軍の、認識の違いによるところが大きい。
今回の一件、イルフェリオ達はあくまで国内の問題と捉えていた。最終的には別の国を名乗り、借金を踏み倒す腹積りであったが、それは元王の退位が済んでからの話であると。
この齟齬が今、彼らを脅威に晒している。にも関わらず、イルフェリオ達の危機感は足りてはいない。
「何故、各国がシューレットに侵攻したのだ? これは重大な侵略行為ではないか!」
主だった者達を集めた中、イルフェリオはシューレット人らしいプライドを優先し、己らの領土に土足で踏み入れた相手に対して大いなる怒りを見せる。
ひとしきり怒りを振りまくと、イルフェリオは理解できぬとばかり、顎を撫で、
「しかし、一体なぜ、我が国に侵攻してきたのだ?」
と、疑問を口にした。
彼らにすれば、反乱はまだ起こしてはいない。なので、咎められる理由は自分たちにはなく、少なくとも王子、王女は自分たちの危機に思い至ってはいない。
ルデクや帝国が戦火に身を置いてきたのに対して、凪の中で育ってきた王の子ら。ゼランドやシャンダルとは比べるべくもなく、その視野は狭い。
それを彼らの罪と断じるのはいささか気の毒かもしれない。だが、そのようなぬるま湯に身を置きながら、他国を羨み、実父を不甲斐ないと罵る。挙げ句の果てに王を追放して新たな国を樹立するなどという愚かな行為を企んだのだ。
そして、同じくぬるま湯の中で権力遊びに興じていた後見人である貴族達。流石に貴族達の多くは、ここに至りようやく、自分たちの火遊びが各国の怒りに触れたのではないかと気づき、表情を引き攣らせる。
そして、そのうちの一人がついに懸念を口にした。
「我々の計画が漏れたのではありませんか? すぐにでも謝罪の申し入れを……」
「は? 何をくだらん事を。我々はまだ何もしておらん。何を謝るというのだ?そもそも、ただの身内の争いに各国が介入するわけがなかろう。それよりも、父上が何か問題を起こしたのではないか?」
イルフェリオの言葉に、兄弟達が賛同の声を上げた。
先程の指摘で、皆、薄々は自分たちのせいではないかと思い始めている。だが、それを認めてしまっては、大軍が己の首を目指して迫ってくるという事実に嫌でも向き合わねばならない。
故に、イルフェリオの言葉に縋った。それに他の貴族も追随する。
「とにかくまずは、父上の意向を確認せねばならん。急ぎ、使者を立てよ!」
イルフェリオ達は実父との関わりを最低限にとどめていた。それに対して父からの咎めもなかったため、今もまた、集まっているのは王都ではない。シューレット第二の都市ルアノスである。
王都への確認を急ぐように命じるイルフェリオへ、また一人の貴族がおずおずと手を上げた。
「もしも、各国が侵略に来たのであれば、我々も身を守るための手立てを取るべきでは? どこかに兵を集め、退路の確保を……」
「うむ。其方の言、尤もだな。では……退路も考えれば、海岸沿いが良かろう。リュアージュの城が良い。我が国で最も伝統のある城、不心得者を迎え撃つには理想的であろう」
一見すると合理的な判断。だが、実のところただ、目の前の恐怖から逃げるだけの行為。
彼らは現実から目をそらす。
こうしてイルフェリオ達は何かに追い立てられるように、自らの息のかかった者達に、リュアージュ城へ向かうように命じるのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「しかし、良くシューレット王はこのような決断をなさいましたね」
道中、そんな事を呟いたのはゼランド王子だ。
堂々と兵を率いるその姿は、もはやいつ王を継いでも問題ないようにさえ見える。頼もしいものだ。
「うん。かなり柔軟なお方のようだね。でも今回はそれが大きな問題を生んでいる」
今回の一件、シューレット王は被害者のように見えるけれど、その実、それは大きな間違いだ。僕がそのように言うと、ゼランド王子は不思議そうな顔をした。
「そうですか。悪いのは子息達だと思いますが……」
「うん。そうなのだけどね。シューレット王は王子達の企みを6年前には知っていたはずだ」
穏健派に鞍替えした以上、まさか、ザード達も完全に王を無視して動きはしない。
かなり早い段階で王に内情を伝え、子女の処分を勧めたただろう。王がそれを承認すれば、自分たち以外は弾劾され、ザード達の勝利で終わりである。僕らを引っ張り出す必要などない。
当然他国を巻き込めば、相応の不利益、今回のような屈辱的な条件を提示される。早めに対処していれば、このような羽目にはならなかったのだ。
6年前、いや、6年間、シューレット王は何をしていたのだろう。
ザード達が説得して周り、ひとまずの安定を得たので、良しと判断したか。
まあ、ここまではいい。それで沈静化するなら越したことはない。
ところが、全く状況は好転してなかった。もはや国内で対処できぬと判断したからこそ、ザード達は最終手段に打って出た。
当然、今回も危険な兆候は把握していたはず。だが、シューレット王は無為に時間を浪費しただけだ。或いは、何もできなかったと言う方が正しいかもしれない。
シューレット王は穏健といえば聞こえがいいが、その優しさが、実子の処分を躊躇わせたのだろう。
いずれかのタイミングで厳しく決断していれば、未来は間違いなく変わっていた。だから、今回の責任の一端は、間違いなくシューレット王にもある。
僕がそのように説明すると、ゼランド王子は厳しい顔をする。
「そう、ですね。身内といえど、いえ、身内だからこそ、王たる責務を果たさなくては」
王、と言う立場の難しさを実感しながら、僕らはついに、シューレットとの国境を踏み越えたのであった。