【やり直し軍師SS-360】西方討伐⑦
ザード到着の知らせを受け、リヴォーテと共に陣幕へ戻った僕は、陣幕の入り口で見知った顔が集まっているのを見かける。
その顔ぶれは、ウィックハルトとルアープ、サピア女王の側近ジュベルノさん、さらには、スメディアにレノウ、ファウザまで。いずれも弓の腕に自信のある面々が集まって、何やら話し込んでいた。
どうにか僕の家臣になろうと、自分を売り込みに時折ルデクにやってくるスメディアはともかく、レノウとファウザは帝都での弓比べ以来だ。
専制16国に帰ったはずのファウザ達が、なぜこの場にいるかというと、専制16国の代表者だから。評議会に泣きつかれたらしい。
というのも、ファウザは皇帝と面識を得ている。本人がどう思っているかはともかく、評議会は皇帝陛下のお気に入りという認識を持っていた。
そのため今回のご機嫌伺いには是非に、と頼み込まれ、さしものファウザも断れなかったのである。
尤も本人は『二度と会いたくはない』と、かなりごねたらしい。けれど、ウィックハルトも出る大戦には興味を惹かれ、こうしてやってきたというわけ。
まあ、ファウザが思っているような戦いには、ならない予定だけどね。
僕らの姿に気づいたウィックハルトが会話をとめ、こちらへ歩み寄ってきた。
「弓談義の最中だったかな? 邪魔してごめん」
「いえ。ちょうどそろそろ呼びに行こうかと思っていたところです」
「そう、じゃあ良かった。ザードが来た事は聞いた?」
「いえ。私もつい先ほど、ルアープと共にこの場にやってきたところです。そして入り口でスメディア達に呼び止められました」
「そうだったのか。じゃあ中に入ろうか」
僕の言葉に、スメディア達は「それではまた、後ほど」と言って、その場を後にしてゆく。流石に超がつくほどの要人が集まっているので、スメディア達では軍議に参加できないのだ。
厳密には、専制16国の使者であるファウザやレノウなら無理を言えば参席できるだろう。ただしそれは本人達の望むところではない。
陣幕に入るとすでに主だった人達は集まっていた。というか、僕やリヴォーテは外の空気を吸いに出ただけで、最初から多くの人々は陣幕の中でくつろいでいたので当然だ。
ザードは中央で小さくなっている。これから狩られる鼠のようにしか見えない。
「おう、戻ったか」
僕らは遅れたことを詫びると、早々にザードの返事を促す。いや、ここにザードがやってきた段階で返事はもう分かっているのだけど。
ザードはそれでも懐から書面を持ち出し、皆に見えるように掲げ、一度ぐるりと回転しながら、口をひらく。
「これには、シューレット王ラスターデ陛下、及びその王女ピリアノ殿下、同じく王子アイバッハ殿下連名で、今回の十二ヶ条を受け入れるとの署名が入っております。また、ラスターデ陛下よりは、『我が不徳のせいで各国に迷惑をかけ申し訳なく思う』とのご伝言も」
要は完全降伏の書状。それにしてもラスターデ王の、謝罪の言葉まで引き出してくるとは思わなかった。
今回の一件、ともかく影の薄い存在だったラスターデ王。ここまで一方的な通告にどう出るか若干の不安はあったけれど、やはり、ザードの陣営がしっかりと抑えていたみたいだ。ザードの主筋、フィリングの非凡さが窺える。
フィリングが反乱側の主導権を握っていたなら、或いは、企ては成功したかもしれないな。ただし、あくまで一時期の話だろうけれど。
ザードの言葉を聞いて、一拍ののち、最初に答えたのは帝国の第一皇子。
「ラスターデ王の言葉、確かに受け取った。悪いようにはせぬと、ビッデガルド=デラッサの名に賭けて約束しよう」
「妾も確かにその言、受けた」
サピア女王が言えば、シーベルト王も同意する。
最後に言葉を発したのはゼランド王子。
「ルデクもラスターデ王の英断を、支持する」
その堂々とした受け答えに、次の世代は確実にやってきているのだなぁと、僕はなんだかしみじみとした気持ちになった。
ともかくだ、満場一致でシューレットが血の海にならずに済んだ。本当にギリギリだったけれど。
ザードを見れば、心底からほっとした顔をしていた。多分あれは素の顔なのだろう。
「よし、では話は決まったな。そろそろ始めるぞ!」
ただの見物で同行していたはずの皇帝が、結局黙っていられずに場を取り仕切り始めて、皇帝を知る者達はなんとなく皆で微笑み合うのであった。