【やり直し軍師SS-36】騎士団の木の実さん。(下)
「よおスールちゃん。仕入れの手伝いかい? 今日は良い羊肉があるよ」
「どれどれ、へえ。これは確かに良さそう……いくら?」
「こんぐらいだな」店主が手を広げるのをみて、スールは指を一つ折って示す。
「おいおい、ものは間違いねえんだぞ」
「その分量を買うから、安くしてよ!」
うーんと腕を組んだ肉屋の店主は、しばし天井を仰いでから「しょうがねえな」と頭をかく。
「ありがと! ブッフェさん!」
「やれやれだぜ……しかし、お前さんとこは景気がいいな。さすが国王様のお越しになった宿だよ」
「来たって言っても、食事を召し上がったわけじゃなくて、差し入れに来ただけだよ。それも前に一回だけ」
「でもその差し入れ相手が第10騎士団のお偉方なんだろう? しかもあのロア=シュタイン様が贔屓になさっているらしいじゃないか」
木の実さんは、今一番勢いのある指揮官になっていた。何せ、裏切り者の第一騎士団と第九騎士団、それにリフレアの兵士もまとめて打ち破った上、まさかの帝国、ゴルベルとの三国同盟の立役者であるらしい。
……本当にあの木の実さんのことかしら? スールはいまだにピンとこないが、人々は口を開けば新しい英雄のことを噂している。
「しかし、そんなおっかねえ人達を出迎えるなんて、スールちゃんも気が休まらねえだろう」
「おっかない人? 誰が?」
「そりゃあ、ロア=シュタイン様に決まっているじゃないか」
真顔でいうブッフェさんに、スールはきょとんとしてしまう。木の実さんが怖い?
「全然怖くないよ。むしろおとなしい人だと思うけど?」
「そんな訳あるかい。あんな騎士様を従えて、裏切り者を徹底的に叩き潰すようなお人だぞ。それに、新しい同盟の裏で色々動き回ったっていう……もちろん頼りになるお方だし、ありがたくも思っているから悪く言うつもりなんかさらさらねえよ。だが、やっぱり何か不興を買ったらと思うと、正直少しおっかねえよ」
「ええー、そんなこと……」
スールが否定しようとしたところで、「ほら、噂をすれば、英雄様だ」ブッフェさんが顔を向ける。
視線の先では、木の実さんたちが大通りを通り抜けるところだった。何かお急ぎなのか、ラピリアさんやウィックハルトさんと言葉を交わしながら通りを駆け抜けてゆく。
その後ろには双子さんやサザビーさんら、よくお店に来る面々も一緒だ。木の実さんもいつもと違って少し真剣な表情で、なんだか別人のように見えなくもない。
あっという間に駆け抜けていった木の実さんたちの背中を見送ってから、ブッフェさんが呟く。
「ほらなぁ。あんなに厳しそうなお方が怖くない訳ないだろう?」
スールとしては釈然としなかったが、これ以上言葉を重ねても多分伝わらないだろうなぁと思い、諦めて肉を受け取った。
思ったより量が多くなってしまったので、一度宿に戻って荷物を置いてこようと歩いていた時のことだ。
「あれ、スールちゃん!」
元気の良い聞き覚えのある声に、抱えた袋の横から顔を覗かせてみれば、そこにいたのは予想通り、ルファちゃんだ。
「ルファちゃん。こんにちは。ディックさんもこんにちは。お使い?」
この娘も色々と謎の多い娘さんだ。第10騎士団の関係者で、噂によれば貴族様の養女らしい。にも関わらず、こうして気軽に食料の買い出しなどに街にやってきている。
「そう。大きな荷物だね!」
「うん。思ったよりも買いすぎちゃった」
「そう……ね、ディック、手伝ってあげようよ!」
「いいぞぉ」
のんびりとした口調のディックさんが、私から荷物を取りあげる。
「え!? 大丈夫ですよ! 私の仕事ですから!」
ディックさんに恐縮していると、ルファちゃんが「前も見えないんじゃ危ないよ。今日は時間に余裕があるから」と言って、そのまま宿の方へと向きを変えた。
「ごめんね。ありがとう。じゃあ、今度来たときに何かサービスするね」
「ほんと!? やった! ディック、よかったね!」
「おう!」
そうしてすっかり2人に甘えることになり、急に軽くなった腕を揉みながら、ルファと並んで歩く。道すがらで何となく、先ほどのブッフェさんとの会話のことを話した。
「あ、別にブッフェさんも悪く言った訳じゃないんだよ! でも、そんなに怖いかなと思って」
首を傾げながらそのように伝えた私に、ルファちゃんはクスクスと笑う。
「ロアお兄ちゃん、結構色んな人にそう言われてるみたいだよ」
「え、そうなの?」
「うん。結構怖がられてる。……本当はあんな感じなのにね」
「……そうだよね、あんな感じなのにね」
そんな風に言って、今度は2人でクスクスと笑った。
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肉屋のおじさんの話を聞いてから少し後、木の実さんたちが食事にやってきた。
盛り上がる第10騎士団の人たち。
スールは木の実を入れた器を、そっと木の実さんの前に差し出した。
「あ、ありがとう。ちょうど頼もうと思っていたところだよ」
「これはいつもご利用いただいているお礼です」
「そう? なら遠慮なく頂こうかな」
木の実さんは木の実を口に放り込み、お酒を口にすると、満足そうに息を漏らす。
そんないつもと変わらぬ姿を見て、スールは何だか妙に安心した気持ちになるのだった。




