【やり直し軍師SS-357】西方討伐④
急遽ルデクトラドに集められた、各国の元首達。
横並びに座る最高権力者の容赦ない視線に晒されて立つのは、僕とザード。もちろん、その厳しい視線はザードに注がれている。
ザードがシューレットの状況を一通り説明すると、しばし、重苦しい沈黙が場を包んだ。
咳払い一つない。壁に立つ衛兵のまとった鎧が擦れた音さえ、はっきりと聞こえるほどの静寂。
最初に沈黙を破ったのはやはりこの人。グリードル帝国初代皇帝、ドラク=デラッサ。
いつもの面白おじさんの雰囲気は微塵も感じられず、むしろ、圧倒的な威圧が肌を撫でる。ザードの方をチラリと窺えば、この食えない男の額に汗が滲んできた。
「ザード、貴様の言いたいことは分かった」
「で、では」
「だが、気に食わん」
いつか、僕が初めて皇帝ドラクに会った時のことを思い出す。たった一言で背筋が震える迫力。不謹慎だけど、久しぶりの皇帝のそれに、笑みが抑えられない。
「し、しかし。皇帝陛下! このままでは大陸の……」
本気の皇帝を前にして、なおも抗おうとするザード。たいした胆力だ。
「お前に、大陸の心配をしてもらう必要などないわ!!」
皇帝の一喝。
ザードも口を噤むしかない。
実は、ザード達の論には大きな欠点がある。それは僕も気づいていた。ザードは度々大陸の安寧を盾にした。
それは、僕には効果的な提案だろう。けれど、皇帝はどうか。いや、皇帝に限らずか。だから皆、厳しい視線を向けている。
シューレットの王子達がラスターデ王に不満を持ったのは、大陸の覇権が他国に定まったからという事もある。だがもう一つ。飢饉に際して、ルデクや帝国に背負った莫大な借金の存在が大きい。
この金をなんとかしなければ、シューレットは永遠に2国に逆らえない。だが、すぐに返すあてもない。ならばどうするか。踏み倒せば良い。王を降ろし、新たな国を作れば良い。それがこの反乱の背景にある。
その様な理由で新国家の設立は、僕らからすれば絶対に認められない行為だ。真実であれば、王たちは軍事侵攻を厭わない。
もちろんザード達の事情もあるし、どうにかしようと動いているのも事実だろう。それらの事情も踏まえて、僕は説得に応じたけれど、各国の王達からすればそうではない。
これはシューレットの内乱ではなく、シューレットという国の重大な背信行為なのだ。玉座どころではない。国そのものの信用が揺らいでいる。
いっそ全てを滅ぼして、全く関係のない者を王にしたてた方が話が早い。そう考えるのは不自然ではないのだ。
だから僕もザードに聞いた。攻め込むかもしれないよ? と。ザードはフィリングにその事を伝えたのだろうか? それとも、大陸の平和を掲げれば、どうにか押し切れると判断したか。
ザードは珍しく狼狽しながら僕へと視線を向ける。けれど残念。まだ僕の出番ではない。
僕が助けを出さないと分かると、ザードは改めて皇帝へ向けて訴える。
「ピリアノ様が王家を継げば、ここにおわす各国の皆様に逆らうことはないとお約束致します! それで、何卒!」
「お前の言がどこまで信用できるか分からん」
ザードの必死の訴えにも、皇帝はにべもない。
「それでは、シューレットをこのまま見捨てると!?」
「誰もそうは言っておらん」
「は?」
「兵は起こす。少なくともグリードルはな。ただし、それは貴様らの援護ではない。信用できぬ国を滅ぼすために、だ」
皇帝の言葉に、今まで黙って様子を窺っていたツァナデフォル女王、サピア様が初めて口を開いた。
「妾も同じ気持ちじゃの。兵は出そう。だが、シューレットの“討伐”に、という意味でじゃ」
ゼウラシア王、そして最後にシーベルト王も同意を示した。これにはザードもよろめくように二、三歩後ろに下がる。
うん。そろそろ出番かな。ザードとは逆に、僕は面々の前に一歩踏み出した僕。
「皆様、発言を宜しいでしょうか」
「許可しよう」
ゼウラシア王の許可を得て、僕は一礼。
「シューレットに対するお怒り、尤もな事と思います。その上で一つ問題が」
「もったいぶらずに話せ」
皇帝が口を挟む。
「シューレットを滅ぼした後の統治についてです。新たな王を立てるにも、どのような人選を? 四カ国のいずれから出しても揉めるでしょう」
「なら、シューレットから王族以外の者を選べば良い」
「それもまた選定の基準が面倒です。それと、場合によってはルブラルが不服を申し立てるかもしれません。ルブラルとシューレットの歴史は、皆様ご存知でしょう」
誰からも否定の言葉はないので、僕は続ける。
「シューレットに続き、ルブラルとも揉めるのは戦費の点からも歓迎できません。選択を誤れば東西で大陸が割れます。そうなっても我らが勝ちを得るでしょうが、起こった戦いに、なんの利もない」
「ならば、お主ならどうするかの?」
サピア様はもう完全に楽しんでいる。
「いくつかの条件をザードに持ち帰らせてはいかがですか? 我々が軍を起こすまでに、その条件を飲めば良し。そうでなければ、滅ぼす」
僕の言葉に、最初に身を乗り出したのはシーベルト王。ゴルベルとしては隣国の揉め事。本音では穏便に済ませたいはずだ。
こうして僕の提案は、各国の元首の許可を得た。
ザードはシューレットの存亡をかけて、脇目も振らずに帰国して行ったのである。
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