【やり直し軍師SS-356】西方討伐③
シューレット王国は、北の大陸では珍しく、代々にわたり一夫多妻制を採用している。
一代限りの話ではなく、連綿と続いている文化である以上、シューレットにとって有益と判断する側面があるのだろう。
細かい内情はともかく、大きな利点としては、継承者の確保が挙げられる。それと血族を貴族達に送り込み、縁戚として結束を高めてゆく事も容易だ。
一方で悪い面。これは、グリードル帝国にちょうどいい実例がある。第二皇子フィレマスの反乱が、まさにそれ。
母の違う2人の息子が王座を巡って争い、その確執をサクリにつけいれられ、国内が大混乱に陥れられるところだった。
見事に踊らされたフィレマスは、クーデターを起こそうとして失敗。自ら未来を閉ざすという、最悪の結末へと辿り着いた。
王位継承権を持つ存在が増えれば、必然的に争いの火種も燻りやすいのは当然。往々にして本人達のみならず、周囲を巻き込むのでたちが悪い。
でも、それにしたって聞き間違いだろうか? たった今、ザードは『全ての王子、王女の共謀』と言った。
シューレット王には8人の子女がいたはずだ。確か、王子が5人。王女が3人。全員で王を引き摺り下ろそうとした? なかなかに乱暴な話だ。
「……聞き間違いじゃ、ないよね?」
念の為確認する僕に、ザードはヘラりと笑い、
「聞き間違いでは、ございません」
と返してくる。
なるほど。それは随分と大事だ。まずは僕だけに知らせたかった、ザードの思惑も理解できる。下手すれば、王家の子女全員が獄に繋がれかねない一件である。
「もう少し詳しく話してくれる?」
「もちろん。と言っても、内容自体は以前お話しした通りでございます。6年前の話、覚えておいでですか?」
確か、ルデクや帝国の躍進を無策で眺めるシューレット王に、大きな不満を持った者達がいた。その人物らが、かつて大陸に覇を唱えていた事もあるシューレットの復権を企んだ。そんな内容だった。
僕の答えに満足げに手を擦るザード。
「その通りです。あの時お話ししなかったのは、その共謀者が兄弟全員だったというだけ。おそらくですが、あのまま兵を起こせば、ラスターデ王は間違いなく失脚しておりました」
「かなり危うい状況だったのか……」
「はい。そのような状況の中で “外”に目を向けていたのが、フィリング様でした」
「ルデクや帝国の動向って意味だね」
「ええ。今、シューレット国内に反乱まがいの騒ぎが起これば、新たな大陸の盟主が黙ってはおるまいと。先々に備えるべく私を派遣し、より精度の高い情報を得るか、もしくは……」
「内乱を止めるだけの理由を、手に入れたかった……」
「左様で。ロア様は見事に土産を持たせてくださりました。実際に貴方様の婚儀を見たフィリング様は、帰路に一言『勝てぬ』と。そしてピリアノ様及び、アイバッハ様の説得を試みたのです」
なるほど、流れが見えてきた。結果的にフィリングは2人の説得に成功したし、ピリアノ達は兄弟を押さえ込むことができた。
「けれど、どうして今更?」
「全く困った話で、人というのは喉元を過ぎれば熱さを忘れてしまうものでして。特に尊き方々には、飢饉の記憶も遠い昔となったようです」
飢饉の恐怖と同時に、ルデクと帝国への恐怖も薄れたのか。シューレットのラスターデ王も、なかなか苦労が絶えないな。
他国の事情とはいえ、正直、僕らとしては反乱を容認する事はできない。ラスターデ王は穏健派で、歴史的に仲の悪い隣国、ルブラルのサージェバンス王ともそれなりに上手くやっている。
ラスターデ王を降ろした後の新王が誰であれ、あまり好ましくない動きをするのは想像に難くない。
だからザードは『兵を起こせ』と言ったのか。
フィリングの入れ知恵か、ザードの才か。些か用意周到に過ぎて、鼻につくところがないわけではない。
とはいえ今回も話には乗るしかないか。また一時的に王子達を押さえ込んだところで、時間が経てば似たようなことが繰り返させるだろうし。
でも、その前に、
「一つ確認するのだけど。場合によっては王族の処分を他国が行うことになる。それでいいのかい?」
「詮無い事ですなぁ。ですが、こちらからも要望が一つ。ピリアノ様とアイバッハ様に関しては、罪なしとして頂きたいのです」
「ザードの希望通りに僕らが介入すれば、ピリアノ一派の一人勝ちか」
「打算が全くないとは申しませんとも。しかし、ピリアノ様とアイバッハ様は穏健派の立場に鞍替えしました。いずれかが継承権一位となれば、大陸的には助かりましょう?」
「利害は一致、とでも言いたいのかい?」
「違いますかぃ?」
全く、本当に食えない相手だよ。掴みどころのなさだけなら、サクリくらい厄介だ。
だから僕は、あえて聞いてみる。
「……シューレットを滅ぼして、ルデクと同盟する国家が分割占領するかもしれないよ?」
「……あなた方が作り上げたせっかくの平和を、わざわざ乱したいのであれば、お好きに」
うん。今回も僕の負けだな。ま、"僕は"ね。
ともかく。
「まずは同盟四カ国で話をしよう。ザードには立ち会ってもらうけどいいかい?」
「一度、主人に状況伝えた上で、すぐに戻ってくるので宜しければ」
話は決まった。
僕はその日のうちに、帝国、ツァナデフォル、ゴルベルに向けて使者を送り出した。
いよいよ明後日、2巻発売!
2巻発売です!!




