【やり直し軍師SS-353】シャンダルの帝都見聞録④
今回はここまで!
「帝国の弱点?」
陛下の言葉に、私は慌てて首を振る。
「違います! 統治にあたって、問題点などを伺えればと思ったのです!」
「ああ、だから弱点だろ? 王子もなかなか思い切ったことを聞くじゃねえか」
ニヤニヤする陛下に、私は質問を間違えたと深く後悔する。青くなった私の隣から、火に油を注ぐような事を言う二人組。
「おっ、帝国の弱点、知りてえ!」
「教えろ! ケチケチすんな!」
今日は珍しく私の見学に同行していたユイメイの言葉に、陛下はいよいよ歯を剥き出した。
父上、申し訳ありません。私は本日、死を賜ることになるかもしれません。
私が密かに天に祈りを捧げていると、陛下はたった一言。「水だな」と口にする。
「は?」
「聞いていなかったのか?」
「いえ。水、とは?」
「まあ、そのままの意味だ。帝国領はいつも水で苦労してきた。なぜだかわかるか?」
先ほどとは打って変わって、真剣な表情の陛下を見て、下手な答えはできないと思った。
私は必死になって考える。こう言う時は、ロア殿ならどう答えるかを思考するのが、一番頭の中が整理できる気がする。
単純に雨が少ないと言うわけではないだろう。いや、それも前提としてあるかもしれない。ゴルベルやルデクと比べて、帝国は山が少ない。その辺りが何か影響しているのだろうか。
関係あるかもしれないけれど、今の私には理由が説明できない。陛下も私に、学者のような答えは求めていないはず。なぜなら陛下は学者ではなく統治者だ。そして私もまた、王の候補者なのだから。
ならば考えるべきは人か?
そう言えば、ルデクの王都でも急速な人口の増加で、何かと問題が起きている。もしも水が得られないなら、人が多いほど困るだろうな。
そうか、この広大な領土にたくさんの帝国民人が住んでいるのだ。なら、ゴルベルよりもずっと水が必要だ。
「……民の数が多いからでしょうか」
「半分正解だ」
半分、では残り半分はなんだろうか?
「……すみません。分かりません」
「分からぬ事を、分からぬといえるのは大切な事だ。そしてそこまで難しく考える必要はない。答えは農地への水の確保だ」
「……なるほど」
「王子は国を統べるという意味を、少し難しく考えすぎているのではないか?」
「そうでしょうか」
「ああ。そもそも民が望むのはなんだ?」
「豊かな生活です」
「悪くない答えだ。で、豊かってなんだ?」
今まで誰かに、そんな質問をされた事はなかった。豊かとはなんだろうか。
「ま、正解のない話ではあるがな、俺は第一に腹一杯食える事だと思う」
「それだけですか」
「それだけだが、それだけが難しいのよ。かつて、この辺りにはいくつも国があった。だが、どいつもこいつも欲が突っ張っていてな。自分達だけが豊かであろうとした。民から、金も、作物も搾り取れるだけ搾り取ろうとした」
「……」
「そうしてみんな俺に滅ぼされたのだ。俺は奪った領地の奴らが腹一杯食えるようにした。だから民は俺を歓迎した。故にこそ、俺はその期待に応えねばならん。豊かな実りには水が欠かせん。ってことは、腹一杯食うには治水がいる、治水には金がいる。それは今でも変わらんのよ」
地味だが、地に足のついた政策。ロア殿もかつて、人々の食料確保に奔走したことがあった。
私は今まで、革新的な方法や派手な政策で民を導きたいと思っていた。北ルデクで見たような水路を大々的に整備して、それらで多くの産業を生み出せないかと。
きっとそれも間違ってはいないのだろう。だが同時に、もう少しちゃんと足元を見なくてはならないのだ。大陸最大版図を誇る、帝国の皇帝陛下ですらそうなのだから。
「とても勉強になりました。陛下、ありがとうございます」
私が深々と頭を下げると、陛下は
「おうよ」
と気軽に返事をしながらも、満足そうに私の頭をポンと叩いた。
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その日の夜。
私はあてがわれた一室で、今日気づいたことをフランクルトに揚々と話す。
少し興奮気味に言葉を続ける私に、フランクルトは時折小さく頷きながら、ずっと黙って耳を傾ける。
ひとしきり話し終えて満足した私がお茶を口にすると、フランクルトはようやく口を開いた。
「王子にとって、此度の旅は大きく得るものがあったのですね。ゴルベルの将来は明るい。私は嬉しく思います」
そんな風に言うフランクルトの表情に、一抹の寂しさを感じた。
だから私は思い切って聞いてみる。
「フランクルト、ゴルベルに帰ってくるつもりはないか?」
フランクルトは少し固まったあと、ゆるゆると首を振る。
「ありがたきお言葉なれど、それは許されぬ事です」
「なぜだ? フランクルトが亡命を決断したのは、あらぬ疑いから身の危険を感じたからであろう? それに、その後は我が国のために様々な功績を残している。ルデクとの同盟の橋渡しなどは、その最たるものではないか。フランクルトが戻りたいと言うのなら、私が口添えしても良い」
「過分なお言葉、嬉しくは思います。しかし、やはりそれはできませぬ。もしも私が王子のお力添えを得てゴルベルに戻れば、妙な派閥を生みかねない。ルデクを利用して利を得たい者達が、私の周りに夜の虫のように群がって参りましょう。また、そのような愚者を除いても、私の帰還は決して王子のためになりません」
「私のために?」
「事情があるとはいえ、王子は長くルデクに滞在しておいでです。それを快く思わぬ臣下も、祖国には必ずおります。そしてそれは、裏を返せば真剣にゴルベルを憂いているからこそ。ルデクの傀儡政権を危惧しているのです。ゆえにこそ、一方的に悪と決めつけてはならない者達です」
「言いたいことは理解できる」
「王子は聡明でございます。その才を目の当たりにした時、要らぬ懸念は消え去りましょう。ですがその時に、ルデクの息のかかったものが側にあったら如何か?」
「要らぬ摩擦となる、か」
「左様です。私が国に戻ることはありませぬ。願わくば、私以外であっても連れて帰ることはせず、単身、戻られるのがよろしいかと」
「……分かった。今言った言葉は忘れてくれ」
「それがよろしいですな」
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フランクルト=ドリュー。
祖国を捨てながら、祖国を救い、名君の若き時代を支えるという、数奇な運命を歩んだこの男。
亡命の事情と数々の功績を踏まえ、晩年、ゴルベルより公式に『亡命の咎なし』と認定される。
だがそれでも、フランクルトが祖国に足を踏み入れることは一度たりともなかったという。
次回更新は10月3日より、書籍版第二巻発売のお祝いを兼ねて更新したいと思います!
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