【やり直し軍師SS-35】騎士団の木の実さん。(中)
いつも読んでいただきありがとうございます。
2話でまとめたかったのですが、(下)にするには中途半端に文字量が多くなる気がしたので、(中)(下)に分けることにしました。
北の方で何か良くないことが起きた。レイズ様も大きな怪我を負って、ご自宅で療養中らしい。
そんな噂がスールの耳にも届く。北から逃げてきた旅人や商人が、トランザの宿にも不穏な言葉を残しては、南へと逃げて行く。
彼らの置き土産は、騎士団の一部が裏切ったのではないか? とか、リフレアが攻め込んできた、なんて嫌な噂ばかりだ。
真偽の程は分からない。けれど、レイズ様がお怪我を負ったのは事実みたいだし、王都を守る兵士さんはみんなピリピリしているのは間違いない。
そんな状況だから、なんとなく街の雰囲気も悪い日が続き、宿のお客さんも少し減っていた。特に商人さんが目に見えて。
ーーーなんだかやだなーーー
落ち着かぬ日々がしばらく続いたある日、レイズ様がお亡くなりになったと言う発表がなされ、王都に激震が走る。
街にはレイズ様の死を悼む声が溢れ、レイズ様の葬儀はしめやかに執り行われた。当日はトランザの宿でも哀悼の意を表して一日食堂をお休みした位だ。
スールも悲しかったけれど、お父さんやお母さんはもっと大きなショックを受けたみたい。「この国を帝国から守ってくれた英雄が……」そんな言葉の裏に、これからどうなるのだろうという不安が見え隠れしていることはスールにも分かる。
そしてレイズ様の葬儀からさして時をおかず、第10騎士団の新しい編成が発表された。
レイズ様の後、第10騎士団の副団長を担うのはロア=シュタインという人らしい。少し前に北で起きた戦いで大きな功績を残したという。
ロア?
スールは名前を聞いて小首を傾げた。騎士団のロアさん、一人知っている。といってもロアという名前はそこまで珍しいものではない。偶々かな?
ところが第10騎士団の新しい指揮官発表の直後、トランザの宿にやってきた木の実さん達の宴会によって、木の実さんがそのロア=シュタインであることが判明したのであった。
この日の木の実さんは、第10騎士団のたくさんの人を引き連れてやってきて大騒ぎとなった。
事前にサザビーさんから貸切の連絡は貰っていたので問題はないけれど、私達給仕は目の回る忙しさだ。
とにかくみんな、よく食べるし、よく飲む。
大忙しで食事を運ぶ合間、木の実さんへお酒を持ってゆくと、木の実さんは少し申し訳なさそうに「騒がしくてごめんね」と謝ってくれる。
その姿はいつもとあまり変わりなく、この人が本当に第10騎士団の副団長なのかと不思議な気持ちになった。
木の実さんを見ながら、一瞬固まってしまった私。木の実さんのきょとんとした顔にハッとなって、「いえ、これだけ食べて飲んでくれると、宿としては大助かりですよ! それにしても第10騎士団の皆さんは賑やかですね!」と笑顔で返す。
木の実さんは「そうだねぇ」と微笑みながら、騒ぎを慈しむように眺めていた。
そうしてお食事も大分出尽くした頃、トランザの宿に、この日一番の驚きがやってきた。
「こ、こここ、国王様!?」
両手を中途半端に上げた姿勢で固まってしまった両親の前には、兵士さんに囲まれた立派な服装の人物が。スールでもすぐに分かる。国王様本人だ。王様は「良い。楽にせよ」と言いながら、私たちの方に近づいてきた。
「食堂にこのようなものを持ち込むのは無粋と承知しているが、今、宴会を催している者たちに酒の差し入れをしたい。良いな?」
「もも、もちろんでございます!」
「うむ。感謝する。おい、酒をもて」
「はっ」
持ち込まれたお酒と共に、会場へと歩いてゆく王様。私たちはただ茫然と、その後ろ姿を眺めていた。
すぐに宴会場の方から「ゼウラシア王!?」という驚きの声が届いた。それから「まさか父上も参加されるのですか?」という言葉が聞こえたけれど、これは聞かなかったことにした方が良い気がする。
「さすが王! 太っ腹だな!」
「遠慮なくいただこう!」
今度はとても王様相手とは思えない言葉も聞こえたけれど、これも聞かなかったことにする。必要以上に深入りしないのは良い宿屋の鉄則だ。
王様はすぐにお帰りになったけれど、この日以降、トランザの宿は話題の宿として想像を超えるほどの予約が殺到することになるのである。




