【やり直し軍師SS-348】グリードル64 六ヶ月戦線29
ルアープがタイズを討ち取った一件は、ランビューレ・レグナの連合軍の動きを少なからず鈍らせた。特に、レグナ側の動きがあからさまに悪くなる。
原因は、レグナの将官が前線に出る機会が大きく減った事に拠るものだ。
タイズの弓が常人の射程ではない事は、レグナの将官達ならばよくよく心得ている。そのタイズを、同じ距離から討ち取れる程の相手。そのような存在が敵の中に存在するという事実は脅威であった。
すなわちそれは、戦場の多くの範囲において、自分達が標的となると言う可能性に行き着く。
指示を出す将官が前に出なければ、自然と兵士の連携に影響が出る。かような状況に於いて、レグナの指揮官、サランも今は無理をするべきではないと判断。
多少指揮系統に乱れが出ても目を瞑り、状況の見極めに終始していた。
その結果、防御壁を半分突破した頃には、砦攻略からすでに4ヶ月近い時間が経過したのである。
この、僅かに生じた猶予。
ほんの半月程度の遅れがのちに、この戦場に大きな影響を及ぼすとは、誰も予想していなかった。
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「待て待て! リヴォーテ! 少し落ち着け!」
ガフォルに呼ばれたリヴォーテは、顔を顰めながら呼ばれた方を振り返った。
「なんだ? 今、お前と雑談に興じている暇はない」
リヴォーテの容赦ない言葉にも、ガフォルは全く怯まない。
「誰がこの状況で雑談などするものか。一旦兵を落ち着かせろ。このままでは陛下の元に辿り着くまでに、間違いなくへばるぞ」
「む」
指摘されてみれば、確かにいささか隊列が伸びている。ズイスト国内で少々遊びすぎたが故に、いち早く陛下のおわすボーンウェル大砦に向かいたかったが、到着して戦えないのでは本末転倒だ。
リヴォーテは部隊に休息の指示を出すと、自らも腰の皮袋から水を煽った。
「で、今はどの辺りにいるのか分かっているのか?」
ガフォルの言葉に周囲を見渡して、はて、と思う。そもそもここはどこなのだ?
ズイストから、とにかくまずは東へ進むと決めて走ってきたが、別にこの辺りの地理に精通しているわけではない。
リヴォーテの反応に呆れながら、ガフォルは続けた。
「すでにランビューレ国内に足を踏み入れているのは間違いないが、闇雲に走って行ってたどり着けるものでもなかろう。全くお前は、陛下の事となると見境がない」
ガフォルの言葉には、リヴォーテも口を尖らせながら反論せざるを得ない。
「だが、帝国存亡の危機において、陛下の御身こそが最も重要だ。陛下あっての帝国。ここで急がずに、いつ急ぐと言うのだ」
「言いたいことは分かるがな……まあいい。では、このまま進んだ先で、集落を見つけたら一旦止まって場所を確認するぞ? それでいいな?」
「ああ。構わん」
そんな会話をして、再び出発したリヴォーテ隊。
その後、部隊が最初に発見したのは、街でも集落でもなく、大きな砦であった。
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「て、敵襲!!」
サルトゥネの砦を守るモンスー=メルドーは、執務室の椅子に座りながら目眩を覚えた。立っていたら、床に手をついてしまっていたかもしれない。
「敵、と言うのは間違いないのだな」
念を押すように問うモンスーに対して、兵士はもう一度はっきりと答える。
「間違いなく、グリードル帝国の旗があります!」
機を逸したか! モンスーの鼓動が早くなる。
それでも落ち着けと自分に言い聞かせながら、震える唇を手で押さえ、さらに質問を重ねる。
「して、敵兵の数は? どこから来た」
「数は3000ほど! 西より迫っております!」
「西?」
今、大軍が展開しているのは南だ。なぜ、西から。もしや、敗残兵か? いや、3000という数からして、敗残兵にしては多すぎる。
そこでモンスーははたと思い当たった。
まさか、ズイストが敗れたのか?
そうでなければ、西から帝国軍がやってくるなどあり得ない。ならば、3000は尖兵か? これから本隊がこの砦にやってくるのでは。
帝国は強兵だ。南から援軍を呼ぶか?
いや、あの女狐が援軍を寄越す保証などどこにもない。戦況さえ満足に知らせてこぬ。来るのは増援の要請ばかり。
モンスーは引き出しに視線を向ける。
そこに入っているのは、オリヴィアからの手紙の数々。
まだ、今なら間に合うのではないか。喉から自然と呻き声が漏れた。
そしてついに、決断の時は訪れる。
「すぐに使者を立てろ」
「はっ、すぐに援軍の……」
「そうではない! すぐに、降伏の使者を立てろと言っておる!」
歴史はこの瞬間、風向きを変えた。




