【やり直し軍師SS-347】グリードル63 六ヶ月戦線28
―――あの弓隊の指揮官は、必ず出てくる―――
タイズは腕を組みながら、確信を持って戦場を睨んでいた。
数日の休憩を挟んだ事で、味方の兵士たちはは意気軒昂だ。思ったよりも雨量が多かったため、多少足元は悪いが大きな影響はない。何せ今回の戦いは、戦場を駆け回るような類のものではないからだ。
砦へと寄せる味方に呼応して、守備側も兵士を繰り出してきた。今日は朝から敵の弓兵も機能している。タイズは微動だにせず、味方に向かって降りかかる矢の出元を見つめ続ける。
―――いた―――
間違いなく先日仕留め損なった獲物だ。やはり出てきたか。タイズの一射を避けるほどの相手。まず、達人の類であろう。
そんな奴が一方的にやられて、簡単に引っ込むとは思えなかった。当然向こうもタイズを探しているはず。
だがしかし、タイズの距離で戦うのは残念ながら無理だ。少なくともタイズほどの強矢を、精密に放つ相手に出会った事はない。
もう一度射抜かれるために、ご苦労な事だ。
タイズはぱあんと手を叩く。近くにいた兵士が驚いてこちらを振り向き、目が合うと慌てて顔を逸らす。
「ちっ」
タイズはその兵士に聞こえるように舌打ちをすると、気を取り直して狩りに出かけるのだった。
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「ルアープ隊長、本当に大丈夫ですか?」
今もなお、顔の左半分を包帯で巻いたまま戦場に立つルアープに対して、部下が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だ。それよりも射撃に集中しろ」
「は、はい!」
ルアープの手には急拵えの強弓。試射の手応えはそこまで悪くなかった。準備はできている。あとは、機を待つだけだ。
部隊の指示は副官のモリスに任せ、ルアープは右目だけでただ一点を見つめる。
さて、いつ来るか。
ルアープがひたすら注目する中、ついにその時は来た。
木の上、太陽を背に、かなりの距離からこちらに殺意を向ける者がいる。その手元にはきらりと光るものがあった。間違いない。あれが、ルアープの倒すべき敵。
ルアープはやおら弓を構え、狙いを定めた。焦ることなく、それでいて、素早く。
足に根を這わすようなイメージで、重心を安定させ、精神を落ち着かせる。頭の中に、先日のオリヴィアの言葉が蘇った。
『多分じゃが、ルアープを狙った相手を我は知っておるぞ』
『有名な奴なのか?』
『そうじゃの、レグナの一部人間には、といった所か。一般的には無名じゃの。或いは、ルアープなら知っておるかもしれんが』
『……レグナにあれほどの達人がいるとは、今まで聞いた事がない』
『ふむ。まあ、あやつは嫌われておるからの。名を馳せるような機会は握りつぶされておる』
『どういうことだ?』
『おそらく、あやつの名は“タイズ”という。金でしか動かんし、極めて不遜。揉め事の絶えない男じゃ。ただし、とんでもない強弓を扱うという。故に“剛弓のタイズ”などと呼ばれておった』
『オリヴィアは、なんでそんな事を知っているんだ?』
『なに、たまたま他国との貴族の集まりに、タイズと揉めた者達がおったのよ。何の話からそうなったのかは知らぬが、そやつらがさんざん腐していたのを覚えておっただけの話ぞ』
『それで、知恵とは?』
『うむ。あやつはの―――』
必ず、太陽を背にして狙ってくる、か。
常人の範囲外から狙うというのに、それでもなお、万全の位置どりから狙う。慎重な事だ。
だが、最初から狙ってくる場所が分かるのならば、こちらは大きな優位を得ることができる。
オリヴィアの言葉の通り、太陽を背に現れたタイズ。
タイズの腕に疑いはない。ルアープが望む高みへは、こう言った男を倒してこそ到達できる。
剛弓、か。その名、今を以て、このルアープが引き継ごう。
ルアープの手が弦から離れる。刹那、凄まじい勢いで、朝日に向かい矢が消えていった。
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もしもタイズにまだ息があれば、その差は動作ひとつ程度だと悔しがるだろう。
ほんの少しの気の緩み。自分は狩る側であるという慢心。それが、僅かに対応を遅らせたのだ。
タイズがルアープの動きに気づき、弓を引くよりも早く、光に照らされたその矢はやってきた。
だが、もはや詮無い事だ。
タイズは地面に大の字に倒れたまま、瞬きひとつすることはない。
その右目には、一本の矢が深々と突き刺さっていた。