【やり直し軍師SS-344】フレインの恋⑤
今回の更新はここまでです!
次回は9月15日から更新を予定しております!
明日0時より、カクヨムネクスト様で新連載始めます!
少し不思議な絵描きのお話です。
20話までは無料ですので、読んでいただけたら嬉しいです!
視察を終えて戻って来たフレインは、部屋でひとり頭を抱えていた。
「なんであんな事を言ってしまったんだ……」
いや、トゥリアナの手を美しいと感じたことは間違ってはいない。だが、トゥリアナの手を取りながらのあの言葉、あれではまるで愛の告白である。
確かにトゥリアナを好ましく思ったのは認めよう。だが、初対面の相手に、公衆の面前で……。
フレインの発言の後は大変だった。トゥリアナはフレインの言葉を聞くと、みるみるうちに顔を真っ赤にして逃げ出してしまうし、シャリスには『随分と積極的な……』と苦笑されるし、セシリアからは黄色い声が飛ぶ。
フレイン自身も自分の言葉に動揺してしまい、その後の視察は馬の質を確認するどころではなかった。
フレインとしては、馬を満足に見る事ができずに仕事にならないなど、痛恨の極みである。
思い出してまた、恥ずかしくなる。
もちろんフレインとて、甘い言葉を囁いた相手がいなかったとは言わない。大抵の場合、向こうから言い寄られ、しばしの付き合いの後に、第10騎士団を優先するフレインに愛想をつかして消えてゆくのが、いつもの流れだ。
そんな経験の中で、このような気持ちになった事は一度もなかった。
瞼を閉じるとトゥリアナの朴訥な笑顔が思い浮かぶ。再び羞恥心が湧き上がり、頭を振った。
フレインがそんな事を繰り返していると、部屋の扉がギイと小さく開いた。ノックはなかったはずだ。本能的に警戒の視線を投げる。
油断なく扉を注視すれば、扉の隙間からこちらを覗いている気配が。その気配には覚えがあった。
「……ラピリアか? 何をしている」
「なんだ。もう少しフレインの面白い動きを楽しみたかったのだけど」
声をかけると、つまらなさそうに姿を現すラピリア。悪気もなく部屋に入ってきて、当然のようにソファに腰を落ち着ける。
「覗き見とは悪趣味だな」
「滅多に見られない姿だったもの」
「で、なんの用だ? というか、ロアは一緒じゃないのか?」
ラピリアがいる以上、てっきりロアも同行しているのだと思ったが、どうやら一人のようだ。
「ええ。今回はレーレンス様の依頼なの」
「王妃様の……ああ。全て理解した。随分と耳のお早いことだ」
まず間違いなく、セシリアから今日の話が伝わったのだろう。
「セシリアが王都に来たら、必ずお茶会をするのよ」
「なるほど、で、俺を揶揄いに来たと」
「揶揄いに来たわけじゃないわ。……ちょっとはそうだけど。さっきも言ったでしょ、レーレンス様の依頼だって」
「その依頼とはなんだ?」
「それはもちろん、ルデクの重臣の一人、フレイン=デルタの婚儀のことよ。レーレンス様は、当然北ルデクの姫たちの話も知っている。正直、乗り気だったわ」
「それは……」
口には出せないが、フレインとしては厄介だ。王妃様が乗り気なら、いよいよ逃げ道がなくなってしまう。
「あ、誤解しないでね。いつまで経ってもフレインに良い人が現れないから、それならいっそ、っていう意味だったみたい」
「そうか」
あからさまにほっとしたフレインに対し、ラピリアは真剣な表情を向ける。
「今日の娘さん、トゥリアナと言ったかしら? ねえフレイン。真面目に答えてくれる? 真剣な気持ちなのかしら?」
「トゥリアナとは今日が初対面だぞ?」
「でも、フレイン=デルタという男は、お世辞でも初対面に浮いた言葉なんか口にしない」
断言されると苦笑するしかない。なんだかんだ言って、ラピリアとは長い付き合いだ。意識したことはなかったが、ラピリアが言うのならばそうなのだろう。
と、そこで気づいた。
ならばなぜ今回は、そんな言葉が口をついて出たのだろうか?
「……もしも、フレインがその娘さんの事を真剣に考えるなら、レーレンス様もちゃんと応援してくれると仰っているの」
王妃の『ちゃんと』という意味を汲み取るのであれば、フレインの立場に合わせて、トゥリアナを相応の家の養子にするという意味に他ならない。そのくらいのことはフレインでも思い至る。
「今回の市は10日間の開催だったな」
「そうね」
「少し俺に、時間をくれ」
「構わないわ。納得するまで、散々悩みなさいよ。じゃ、私もう行くから。相談くらいならまた聞いてあげるわよ」
それだけ言うとさっさと部屋を出てゆくラピリア。
フレインは閉じられた扉を見ながら、決意を込めてグッと口を結んだ。
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晩年、トゥリアナ=デルタが馴れ初めを聞かれた時の、貴重な記録が残っている。
フレイン=デルタの求婚を受けた理由を聞かれたトゥリアナは、そっと手を見てから、こう、答えた。
『馬を見る目が優しかったから』
と。




