【やり直し軍師SS-342】フレインの恋③
やんごとなき方からの、断れぬお誘い。どうしたものかと、フレインが悩みながら過ごしていたある日の事。
部屋に戻ろうと城内を歩いていた時、シャリスと誰かが話しているのが視界に入った。
声をかけようと近づいたが、相手が判明したところで足を止める。シャリスに楽しげに話しかけているのは、ウィックハルトの妹、セシリアだ。
セシリアはシャリスに随分と熱を上げており、こうして時折王都までやってきては、シャリスとの時間を作っている。
シャリスの方も満更ではないようで、最近は休暇を利用して、ホグベック領に足を運んでいた。
セシリアの両親も、お相手がシャリスであれば文句はないだろう。噂では、王妃様も後押しをしているとか。上手くいってもらいたいものだと思う。
邪魔をするのも気が引ける。そっとその場を離れようとしたフレインに気づいたのは、セシリアの方。
「あっ! フレイン様!」
その言葉に反応したシャリスもこちらを振り向き、大きく手招きする。この期に及んでは行かないわけにはいかない。
「せっかくの歓談を邪魔して悪い」
そんな風に言いながら手を上げれば、セシリアが意外なことを口にした。
「フレイン様、ご機嫌麗しゅうございます。ちょうど良かったです! 実はこれから、フレイン様の元へ向かうところでした」
「俺のところに?」
「はい」
「何か問題か?」
フレインはすぐにシャリスに視線を走らせるも、表情は明るい。大きな問題ではない、か。
「で、俺になんの用だったのだ?」
「馬を見ていただきたくて」
「馬を? ああ、もしかして……」
セシリアの住むホグベック領には、ハウワースという国内最大の馬牧場がある。直接の買い付けもできるが、基本的には馬商人が牧場まで足を運んで購入し、各地へと連れてゆく。
ところが、ここにきて王都では馬の供給が追いつかなくなっていた。急速な繁栄によって、増え続ける人口。それに伴い、様々な面での馬の需要が爆発的に増加したのである。
結果的に、馬商人が個別に牧場へ買い付けに向かうのでは効率が悪く、ロアの提案で、いっそ牧場からまとめて馬を連れてきて商談しては? という話が持ち上がっていた。
「フレイン様のお察しの通りです。今回のこの試みの、最初の試験運用で参りました」
「ああ。それなら話は聞いている。しかしまさか、セシリア嬢自らが、商団を連れてくるとは思わなかった」
てっきり、ハウワース牧場の牧場主が連れてくるものばかりと思っていた。
「私もホグベックの貴族ですので、領主一族の責務として同行致しました」
そんな風に言いつつも、シャリスを見て少し頬を赤らめる。きっと別の用もあるだろうが、それを聞くのは野暮というもの。
「では、馬達は競い馬競技場へ?」
今回の商談会。連れて来る頭数も多いことから、会場は競い馬競技場に定められていた。ここに王都の馬商人が集い、品定めをするのである。
なお、売れ残り、連れ帰る事になる馬に関しては、行き帰りの分の費用を算出して金を払うことになっていた。
まずはお試しなので、細かな調整は今回の商談の状況を見て、徐々に整えてゆく手筈らしい。
「はい。本当に先ほど到着したばかりで、馬たちは真っ直ぐ会場へ。私はロア様に到着のご挨拶に伺ったところ、『フレインに見てもらって』と仰り、フレイン様のもとに向かう途中でたまたまシャリス様と」
なるほど。そういう事なら仕事が優先だな。
「わかった。一つだけ書類を片付けたら、競技場へ向かう。シャリス、先にセシリア嬢をお連れしてくれ」
「承りました」
ささやかだが、2人だけの時間をそっとプレゼントすると、フレインは少しゆっくり目に、残った仕事を片付けた。
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出立前にリュゼルに声をかけ、2人連れ立って競技場へ向かえば、すでに多数の馬が場外に繋がれていた。
このあたりにいるのは、農耕用の馬か? もしかすると、用途別に繋ぐ場所を分けているのかもしれない。
さっと見た感じ、質は悪くない馬が揃っているように見える、流石はハウワース産だ。
尤も、王都の依頼で連れてきているのだ、下手な馬は連れては来まい。今回フレインのやる事は、様々な馬体を見て楽しむくらいのもの。
「この辺は農耕馬、競技場の中は軍馬や馬車用か?」
リュゼルも似たようなことを考えていたようで、周りを見渡しながらそう、口にする。
「そうだな。外に繋いだほうが市民は気軽に見にこれるから、その配慮だろう」
今回の商談会、個人での直接買い付けはできないものの、見学は自由にできる。気に入った馬がいれば、買い付けた馬商人と交渉すれば良い。
今日の確認で大きな問題がなければ、明日からは一般公開も行われる。
場外に繋がれていた馬達を一通り確認し終え、今度は競技場内へと足を運ぶ。
競技場でセシリアたちを探し歩くフレインだったが、ふと、足を止めた。
どうして立ち止まったのかは、自分でもうまく説明できない。そこには一頭の馬と、それを世話する娘がいただけだ。
最初は、馬が気になったのだと自分では思った。フレインの目を引くほどの、見事な馬体である。
しかしすぐに馬自体ではなく、馬を丁寧にブラッシングをしている、娘の方に惹きつけられていると気づく。
娘の頬を汗が伝ったのか、自らの腕で頬を拭うと、土汚れが跡になって残った。それでも気にすることなく馬を手入れしてやっている。
フレインは、その姿がなんだか妙に美しく感じ、そのまましばらく眺めていた。