【やり直し軍師SS-339】グリードル60 六ヶ月戦線25
今回の前半パートはここまでです!
帝国領内において、サリーシャはよく知られた存在だ。名前はもちろん、実際にその姿を見た事のある民は思いの外多い。
理由は実に単純で、帝国の慢性的な人材不足に起因している。
元々地方領主の娘であったサリーシャには内政の心得があり、配慮に長けた性格は、各地を安定させるにはうってつけの人材であった。
そのため建国の最序盤より、エンダランドらと共に内政の一翼を担っており、頻繁に各地に足を伸ばし、治世に心を砕いたのだ。
結果、多くの帝国民が自分たちの地域の安定に奔走する妃を目にする事となり、その評価は自然と高まってゆく。
特に旧ウルテア国内においては、必然的に前妃、すなわちウルテア王妃と比較された。
比較対象となる以前の王妃とは、ライリーン=メルドーに他ならない。
ライリーンもまた、旧ウルテアでは広く知られた存在であった。ただし、悪名高き妃としてだが。
ライリーンの王妃簒奪は、あまりに露骨すぎた。いくら本人が否定しようとも、人の噂に戸を立てることはできない。
当時ライリーンの名を口にすると、皆、眉を顰め、ウルテア王の治世の不満に添えられたものだ。
翻ってサリーシャはといえば、祖国が滅び、不安に思っている人々の元を献身的に回り、その心を安んじた。その差はもはや、語るまでもなかった。
サリーシャの行動は、すなわち皇帝ドラクの評判にも繋がる。
いくらウルテア王の治世に不満があったとはいえ、急激な変化もまた望まぬ者達もいた。だが、激しい抵抗もなく、新たな王を受け入れた背景には、妃の存在が大きく寄与しているのである。
そんなサリーシャが、死地極まれる最前線に自ら立ち、兵士を督戦している。その姿はどのような名将の激励よりも、グリードル兵の心に響いた。
突如持ち直したグリードル軍の勢いに押し返された、ランビューレ・レグナ連合軍。予期せぬ強烈な反攻は一転、連合軍の動揺を呼ぶ。
「今が好機だ! 追い返せ!!」
自ら弓を引き、敵を射んとするサリーシャの言葉。その言葉を頼りに、帝国兵がはっきりと戦況の逆転にこぎつけた直後。
連合軍の本陣の方から一時撤退の合図が鳴り響き、連合軍は速やかに退却を始める。
「ふん。数の割には不甲斐ないものだな」
サリーシャが腕を腰に当て、逃げてゆく敵兵を眺めている中、背後から慌てふためくエンダランド達が駆け寄って来ていた。
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「サリーシャ様!!」
腕を腰に当て、胸を張って敵兵を見送るサリーシャへと声をかけると、サリーシャはようやくこちらに気付いたようで、エンダランドの方へ振り向く。
「エンダランド、見ろ、敵は一旦引いたぞ」
微笑むサリーシャであったが、エンダランドからすればそれどころではない。いや、それどころではあるが、それどころではないのだ。
「無茶をなさるな!」
苦言を呈するエンダランドに対して、サリーシャは口を尖らせる。
「確かに少々無茶はしたが、私がここに来なければ味方が危なかったのではないか?」
「ぐっ」
それは間違いない。エンダランドの対応が一歩遅れたのは事実だ。下手をすれば、防衛線が崩壊する恐れすらあった。否、おそらく崩壊していた。
「まあ細かいことは気にするな、エンダランド。私とてこの砦に籠る者。すなわち戦地にいるのだ。戦いに出るのは当然だろう?」
「いえ、それは当然ではないかと存じます」
相手が妃といえど、流石にジベリアーノも異義を唱える。
「ジベリアーノまで、硬いことを言うな。それよりもまずはしなければならん事があるだろう?」
「……陛下への報告ですか?」
「……嫌味か? そうではない、勝鬨が先だろ?」
サリーシャに指摘されて、周囲の兵士たちがこちらに注目している事にようやく気づく。
そんなエンダランドを見たサリーシャは、ニヤリとすると右拳を天に掲げると、声を張る。
「皆のもの! よくぞ耐え凌いだ!! このサリーシャ、しかと見届けたぞ!! このまま勝つ! 皆の力を貸してくれ!!」
味方兵士からの大歓声を受けて、エンダランドはそれ以上、文句を言うに言えなくなってしまったのである。
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ひとまず前線が落ち着いたので、砦まで戻ってきたエンダランド、サリーシャ、ジベリアーノの3人。
そこへ救護兵が駆け寄ってくる。用件はすぐに分かった。ルアープが狙い撃ちされ、運び込まれていたのだ。
「ルアープの容体は?」
代表してエンダランドが問えば、救護兵は困惑した表情で、
「それが……その……」
と言い淀む。
その反応にエンダランドもある程度覚悟するが、直後にまさか、当の本人が歩いて現れた。
顔の半分を包帯でぐるぐる巻きにされ、その包帯もまた、赤く滲んでいる。
「ルアープ! 無理をするな!」
駆け寄るエンダランド達に、ルアープは爛々とした右目を向ける。
「怪我は大したことはありません。これより戦線に戻ります」
「いや、だから無茶を」
「大丈夫です。それよりも、頼みが一つ」
「頼み?」
ルアープはすっと息を吸うと、
「この砦で最も大きな弓を、俺に」
と言った。




