【やり直し軍師SS-34】騎士団の木の実さん。(上)
スールの中で、木の実さんの最初の印象はあんまりない。随分と個性的な面々の中で地味な人だな、という程度。
トランザの宿は王都でもそれなりに人気がある。お父さんの作る料理は好評で、宿ではなく食堂目当ての人たちも沢山いた。
スールもいずれはこの宿を継いで、今よりももっと人気のお宿にしたいと思っている。そのために積極的に家の手伝いをして、仕事を覚えている最中だ。
そんなスールにお母さんが接客のコツ、と言うのを教えてくれた。
「笑顔や丁寧さはもちろんだけど、出来るだけお客さんの顔と名前を覚えておきなさい。次に来たときに、「また来てくれましたね」って言うと、喜ばれるわよ。それに、その人がどんな味を好むのか覚えておいて接客すれば、また次、来ようって思ってくれるよ」
スールはお母さんのこの言葉をずっと大切にして、給仕の仕事を頑張ってきた。なので、人の顔を覚えるのは自分にとっては習慣になっている。
と言っても、宿には毎日様々なお客さんが来る。それらを全部覚えるのはとても大変。なので、スールは密かに覚えづらいお客さんにあだ名をつけて覚えるようにしていたのである。
木の実さんは、お店の常連だったサザビーさんが連れてやってきた。サザビーさんが女の人以外を連れてくるのは珍しいなと思ったけれど、どうも、お仕事の同僚さんらしい。
って、綺麗なお姉さんと、体の大きな兵士さん? それに大人しそうな若い男性と、私より年下の女の子、随分と変化に富んだ組み合わせだけど、一体どんなお仕事なのだろう。
意外なことに、大人しそうな人がこの会の中心人物らしい。その日は名前を聞く機会がなかったので、密かに心の中で「木の実さん」と名付けた。
理由は、お酒のおつまみに木の実を好んで食べていたから。
これが、木の実さんとスールの最初の出会いだ。
2度目の来店の時も、木の実さんには申し訳ないけれど、ほとんど印象にない。と言うのも、ものすごくかっこいい人が新たに同行してきたから。
「でね、聞いてくださいよウィックハルトさん! このロアさんて人はひどいんですよ! 俺だけ除け者にしようっていうんですから!」
サザビーさんの愚痴から、かっこいい人はウィックハルトさんという名前だと判明。すぐに覚えた。ウィックハルトといえば、騎士団長でイケメンと名高い有名な人がいるけれど、まさか同一人物ではないだろう。
ちなみに木の実さんはロアさんと言うらしい。でもなんとなく木の実さんって名前がしっくりくるので、ロアさんはそのまま木の実さんとしておこうと思った。
その日の会話を聞いて、この人たちが騎士団の関係者であったことも分かった。少しびっくり。サザビーさんは夜のお店のようなお仕事の人だと思ってた。そんな雰囲気があったし。
と言うことは、木の実さんは騎士団の偉い人なのかな? でも、とてもそんな風には見えないなぁ。
それからさして時をおかずに、再びトランザの宿にやってきた木の実さん達。またかっこいい人が増えてる。スールは段々楽しくなってきて、ついついお父さんに料理のサービスを頼んでしまった。
木の実さん達はたくさん料理を頼むし、金払いも良いので、お父さんも料理を少し多めに盛って出してくれた。みんな美味いと喜んでくれて嬉しい。
たまたま料理をお出しした時に、「それにしても、本当にロア隊でいいのかなぁ」と木の実さんが呟く。
え、この人隊長さんなの? 強そうには見えないけれど……口ぶりからすると最近昇格したばかりみたいだ。
もしかしてどこかの貴族のご子息なのかな? それで出世が早いとか?
見た感じ、どこか地方の村から王都にやって来た庶民のような気がするけれど。
そうして次に木の実さん達が来た時は、スールも流石に驚いた。ラピリア様が一緒だったのだ。ラピリア様といえば第10騎士団の有名人。私も憧れの人だ。確か名家の出だったはず。こんな街の宿屋に顔を出されるなんて!
ラピリア様以外に、服装や雰囲気からして高貴そうな若い方が3人。そのうちの少年に見覚えがあるような気がするけれど……年齢的にもお店に来たお客さんではなさそうだなぁ。偶々街中で見かけたのかな?
「ゲードランドの食堂とはまた違った雰囲気ね!」
3人のうち一際元気な女性が、様々なメニューを指しては「これは何かしら」とスールに矢継ぎ早に質問してきたので、記憶を探るのは中断して、気持ちを仕事へと切り替えた。
騒がしい中で、木の実さんはいつものように少し目立たないようにお酒を飲みながら、木の実を摘んでいた。
だから、それからしばらくして、あの木の実さんがロア=シュタインという英雄さんで、第10騎士団の副団長になったと聞いた時は、スールは本当に心の底から驚いたのである。




