【やり直し軍師SS-337】グリードル58 六ヶ月戦線23
「ひと小隊、壁を登ってくる。あれを射落とす」
ルアープが配下に命じるのは、弓兵のために設えられた射撃台からだ。
障壁の各所に設えられた射撃台は、弓兵達の射撃を容易にし、防衛の主力に押し上げる。
ルアープの一言で一斉に矢を射掛ける配下たち。初撃で多数の敵が力無く崩れ落ちてゆく。かろうじて矢を潜り抜けたもの達も、2射目で次々に溶け消えた。
続いて壁を登ろうとする敵がいない事を確認したルアープは、視線を走らせ狙いを切り替える。
「なるべく指揮官らしき人物を射抜け。無駄な矢を使うな。必中させろ」
まだ少し高い声ながら、淡々と落ち着いた声で話すルアープ。戦地において声を荒らげるような事は少なく、部下達も粛々と命令に従い、弓を引く。
とはいえ、矢を当てるだけならば、さほど難しい状況ではない。敵は仕掛けを撤去するために密集して進軍している。味方の弓兵からすれば、容易い狩場である。
時折敵からも矢が飛んでくるが、さしたる脅威には至っていない。
だからといって決して楽な戦いと言えるわけではない。とにかく敵の数が多すぎる。
いくら屠っても、無限に湧いてくるような感覚に陥る敵兵は、徐々に、だが確実にこちらの仕掛けを破壊し、砦に近づいてきていた。
「あの辺りの味方が押されている。援護を」
戦況を眺め、警戒を怠る事なく、要所に攻撃を集中させようとするルアープ。
しかしその警戒の外から狙われていようとは、若きルアープの想像の埒外であった。
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タイズは喧騒を離れ、一人砦から離れた場所を歩いていた。その手には非常に大きな弓が握られている。
常人なれば、一人で弦を引くなど到底不可能に思えるような剛弓。だが、タイズはその重さを楽しむように、弄びながら進む。
「さあて、どこか適当なところは、っと。この辺りでいいか」
立ち止まったのは、一番外側の防衛壁より、さらに外れにあった巨木の前。一、二度、巨木を叩いて感触を確認すると、片手に弓を持ったまま、器用にするすると登ってゆく。
「おお。絶景かな」
適当な太い枝の上に立てば、戦いの全体像が見渡せた。
改めてこうして眺めてみれば、なるほどこればなかなか良くできた仕掛けだ。
複雑に設えられた迷路のような防御壁、ところどころに配置された台座。その台座には弓兵が潜み、こちらの兵士を射掛けている。
台座はそのまま弓兵達を守る盾にもなり、味方の弓矢は効果をなしていない。
たしかにこれでは、各所に分かれての攻略は一苦労だろう。多少の被害に目を瞑ってでも、サランの指示した一点突破の策は正解であるように思える。
流石、我が国にサランありと王が喧伝するほどの人物だ。金払いも良いので、タイズとしてもあの男は気に入っている。
タイズは一度幹の上で跳ね、足場が自分の重さで折れてしまわないか確認。大丈夫そうだと分かると、巨大な弓に矢をつがえた。
その矢もまた、通常よりも一回りは大きなものだ。
タイズの視線の遥か先、守備側の弓兵が固まっている台座があった。タイズの目は、しばらくその場所を睨み続ける。
しばし眺めていると、手で何か指示をしている人物が確認できた。
その人物に視線を定める。やはり、そいつが手を動かすと、弓兵どもの攻撃対象が変わる。あれが、あの弓兵部隊の指揮官だ。
タイズは舌で唇を湿らせ、腹に力を込めるとゆっくりと弦を引き絞ってゆく。
ギリギリと耳障りな音に反応したのか、どこかで小動物が逃げる気配がした。
ただでさえ足場の悪い幹の上、しかも通常の倍もある弓を引く。全てにおいて常人ならざる行動をさも当然のように行いながら、その矢尻の先は、敵指揮官をしっかりと捉えて離さない。
「ぬうん!!」
気合いとともに放たれた矢は、空気を切り裂きながら、一直線にルアープの元へと突き進んでいった。
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“それ”をどのように説明したら良いのか、ルアープにもよく分からない。
若い頃から死地に身を投じてきたからだろうか。時折感じる、首筋にチリリと感じた、“死の気配”。
身を伏せるか?
いや、今、これから己の肉体に命じたところで間に合わない。本能的に、そのように判じる。
故にルアープは重力に身を任せ、ただ仰向けに倒れ込む。これが一番早くできる動作だと思ったからだ。
戦場でまず選択する事のない、運を天に委ねる行為。
そのルアープの耳に、空気を切り裂き迫りくる矢の音が届く。
―――これは、死んだかもな―――
ルアープはある程度の覚悟を持って、目を閉じる。
刹那。
ルアープの左頬から瞼にかけて、ひどく熱を持った何かが走った。
倒れ込んだ自分の顔から、血が吹き出すのが分かる。
配下の動揺する声が聞こえる中、
ルアープは、
―――なんだ、死ななかったか―――
とだけ思った。