【やり直し軍師SS-330】グリードル55 六ヶ月戦線19
モンスー=メルドーは、メルドー家8代目当主、オーザルド=メルドーの第一子として生まれた。ライリーンの父は実弟にあたり、ライリーンは姪となる。
モンスーに対する親族衆の評判は、良くも悪くもない。少なくとも、メルドー家の当主を引き継ぐにあたり、周囲から大きな不満も出ない程度の信頼は得ていた。
メルドー自身も無難に一族のまとめ役を担っていたのであるが、ある日、その状況は一変する。
ライリーンがウルテア王に見染められたのである。
この一報にはモンスーも驚いた。ウルテア王は、つい先日愛妻と後継者たる子息を事故で失ったばかりである。しかも、ライリーンの腹にはウルテア王の子を宿しているという。
ここまで聞いたところで、モンスーに嫌な予感がよぎる。ウルテア王も好ましい人間ではないが、ライリーンもまた、非常に問題のある女であった。
あまりに高すぎる野心。それはライリーンが幼い頃からモンスーが密かに危惧していた事である。
時を置かずして、モンスーが恐れた噂は、方々より己の耳に届くとこになった。
『前妃と息子は、デドゥ王とライリーン妃に殺された』
決して表立って口にするものはいない。だが、モンスーが社交の場に顔を出せば、必ず妙な視線に晒される。
そのような状況に辟易していると、次第に、ウルテア王よりつまらぬことで叱責されることが多くなってきた。
通常であれば王が口を挟むほどではない物事を、メルドー家当主の不手際として指摘してくるようになったのだ。
モンスーとて馬鹿ではない。デドゥ王の意図する所はすぐに思い当たった。
王は私に、当主の座を降りろと言っているのか。
この頃になると、メルドー家の内部の力関係にも変化が訪れていた。ライリーンに付き従う者どもが幅を利かせるようになったのである。その背後には、王の支援が見え隠れしている。
モンスーは確信した。この者達が前妃と王子を弑したのだと。
このままではモンスー自身も、そして家族の命も危険に晒されることは明白だ。そして彼は決断する。
病を理由に、実弟、すなわちライリーンの父に家督を譲ったのである。
悔しくもあるが、ひとまずの安寧を手にしたと安心していたのも束の間、今度は時代がモンスーを翻弄し始めた。
ドラクの乱。
信じられぬほどの速度でウルテアは滅び、慌ただしく逃げ帰ってきたライリーンは、まるで自らが当主であるかように家中で振る舞い始める。
しかもあろうことか、独断でランビューレへの鞍替えを決めてしまったのである。
即座にグリードル帝国との最前線にさらされたメルドー領。その中でモンスーはサルトゥネの砦の守備を命じられる。頼まれたのではない、命じられたのである。それもライリーンによって。
ライリーンは、モンスーが政争の敗者として、表向きは病気を理由に引退したのはよく知っている。ライリーンが仕掛けたのだから当然だ。
知っていてなお、
『伯父どののお身体もだいぶ回復した事でしょう? メルドー家の窮地にあって、無聊を託っている必要はない』
と言い放った。
自ら仕向けておいて、結構な物言いである。当の本人は嫁いだと言う理由から、ランビューレ内部の安全な場所に居座っていると言うのに。
しかしこの言葉に、脅迫の意味が多分に含まれていることはモンスーにも分かっている。逆らうには力もなく、モンスーはサルトゥネの砦に入ったのだ。
そうしている間にも、状況は目まぐるしく変化してゆく。
オリヴィアから最初の手紙が来たのは、メルドー家がランビューレに吸収されて程なくした頃だ。
だがモンスーは無視した。ライリーンの勝手な判断とはいえ、ランビューレは平野の盟主であり、まごうことなく強国である。ドラク達は早々に討伐されるのは想像に難くなかった。
なれば、忌々しくもあるが、ランビューレに降ったことは悪くない判断かもしれぬとさえ思っていたのだ。
その後も定期的に届く、オリヴィアからの手紙。最初こそざっと目を通していたが、その後は封を開けることもなく、破り捨てていた。
ところが時代はまたしても、モンスーの手の届かぬところで暴れ始める。
ランビューレの、それもまさかライリーンの新たな夫がグリードルに完敗を喫し、かと思えばウルテアに続きナステルもグリードルの手に落ちた。
グリードルは瞬く間に、平野でも屈指の版図を有する大国へと変貌を遂げたのである。
ここに至り、モンスーは久しぶりに、オリヴィアから届いた手紙を開く気持ちになった。
自らの心に、「メルドー家のため」と何度も言い訳をしながら。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「モンスーからはまだ?」
エンダランドの言葉に、オリヴィアは頷く。
「ぽつりぽつりと返信がくるようになっておるからの、迷っているのは間違いなかろう。だが、最後のひと押しが足りん」
エンダランドも頷き返す。モンスーの立場になってみれば理解はできる。4つの国が大挙してグリードルを攻め立てているのだ。状況を注視するのは当然のことだ。
「今だからこそ、寝返った時の見返りは大きいとは伝えておる。ゆえにこそ、この砦が小さな勝利を重ねるのが肝要であろう」
「そうだな。現状できることはそれしかない」
オリヴィアがわざわざ前線に出てきたのも、戦いの様子をより詳細に早くモンスーへ知らせるためだ。
モンスーの心を動かすのに、後方にいては機を逸するというオリヴィアの考えは全く正しい。
だからこそ、エンダランドも軽々に追い返すことができなかったのだ。
「敵が劣勢と見れば、ここを機としてグリードルに靡くかもしれん。エンダランド、耐えられるかの?」
「……凌ぐしかあるまい」
互いに厳しいと分かっていながらも、今はそれ以上に言える言葉はなかったのであった。