【やり直し軍師SS-329】グリードル54 六ヶ月戦線18
ヘインズの砦の攻防戦は、初日から激しいものとなった。一部の敵が前がかりに攻めてきたのである。
5万の敵の内訳は、ランビューレとレグナの混成軍と見てとれた。各国が独自に進軍すると踏んでいた、エンダランドの読みは外れたのだ。
だが、攻め手が初手から強硬策に打って出たのは数に任せての話ではない。その陣容の中に、かつてのウルテア親衛隊の残党が加わっていたためである。
ウルテア親衛隊は、当時と変わらぬ旗を掲げていたのですぐに判別できた。見る限り、メルドー家の一部隊としてこの戦場にいるようであった。
メルドー家、ウルテア王の元妻、ライリーンの実家だ。彼らにとってしても、今回の戦いは乾坤一擲の大勝負となるはず。
その背景には、ライリーンが新たに嫁いだランビューレの貴族、フィクス=クリアードの失態がある。
エンダランド達の策に乗って、意気揚々とグリードルに攻め込んだフィクスは、グリードル軍に散々に蹴散らされ、あまつさえ人質として捕らえられた。
その上、後の休戦交渉において、ランビューレに全く得のない条件を飲まされる道具となったのである。
エンダランドが見渡す限り、敵の軍勢にクリアード家の旗は見当たらない。つまりはそういう事なのだろう。
であればこそ、ランビューレ内では新顔のメルドー家は、今回の戦いで明確な存在価値を示し、足場を固めねばならない。
グリードル憎しの旧親衛隊と、なんとかして功績を得たいメルドー家。無理攻めを実行したのは、まさしくこの部隊である。
しかしヘインズの砦も、簡単に取り付けるような造りにはなっていない。砦の周りにはエンダランド渾身の仕掛けが施してあった。
この仕掛けを一言で説明するのであれば、“迷路”だ。
エンダランドは元々あった砦の周辺に、無数の壁と通路を作った。時に行き止まり、時に、味方しか知らぬ隠し扉を仕込み、敵を迎え入れる。
メルドーの部隊と旧親衛隊は、見事に翻弄され、無為に被害を積み重ねてゆく。
一方、この戦いにおいて、突出した活躍を示してみせた味方部隊が一つ。
ルアープの率いる弓兵部隊である。
皇帝ドラクの肝煎りで結成されたこの部隊は、ルアープの弓の技術を惜しみなく伝授されていた。ルアープは若いが、こと弓の腕を磨くことには求道者のような性格している。
当然他人を教えるにも容赦が無い。良くも悪くも少年らしい加減のなさで鍛えられたルアープ隊は、短期間で平原屈指の弓兵部隊に昇華していた。
その弓兵達が、迷い惑う敵兵を次々と射抜いてゆく。結果的に、初戦はグリードル帝国の快勝という形で幕を下ろしたのだ。
「まずは我らの勝ちですな」
まとわりつく重圧を振り落とすように、肩を大きく回したジベリアーノが、エンダランドにねぎらいの言葉をかけてくる。
「ああ。しかし、気を抜くことは許されん」
言いながら、エンダランドが敵の大軍から目を離すことはない。
初戦を俯瞰で見れば、ごく一部の敵兵が暴走したに過ぎず、敵の損害とて1000そこら。
確かに味方の損害と比べれば、その差は圧倒的ではある。
だが、さしたる指揮官も撃ち取れずに、こちらの手の内を幾つか見せてしまったのは気に食わない。
特に、レグナ軍の動きは気になった。
やつらは初戦で、一切戦闘に参加しようとしなかった。やる気がないというより、ランビューレ兵を使って、こちらを観察しているように感じたのだ。
「リエル=エルディン……」
エンダランドの呟きに、ジベリアーノが反応した。
「リエル……レグナの旋風と呼ばれる男ですな」
平野の6国の中で一番の名将は誰か、酒場でそんな話題になれば、必ず名前の上がる一人だ。レグナ王をして、『我が軍神』と言わしめたことは有名な逸話である。
「ジベリアーノ、リエルの動きから目を離すな」
「無論のこと」
先ほど僅かに緩んだジベリアーノの気配が、再び緊張感を纏ったものとなる。
そうして2人して敵軍を眺めていると、オリヴィアがやってきた。
「エンダランド、話がある。今、少し良いかの?」
オリヴィアの話といえば、あの件しかない。
「分かった、ジベリアーノ、引き続き頼む」
そのようにジベリアーノに言い残すと、エンダランドは踵を返し、砦の中へと進むのだった。
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かつてはウルテア北部の守備の要であった、サルトゥネの砦。
ライリーンがランビューレに擦り寄った結果、ランビューレの末端に加わる事となったこの砦を預かるのは、メルドー家の元当主、モンスー=メルドーである。
モンスーの目の前には、いくつもの手紙が積み重なっていた。いずれも差出人はオリヴィア=ストレイン。
モンスーは手紙を開き、閉じる。先ほどからこの動きを何度も繰り返していた。
「失礼致します!」
不意に、兵士が一人飛び込んできた。慌てて手紙を引き出しに押し込むも、その中の一枚が床へと舞った、兵士はモンスーの様子を気にせずに続ける。
「ライリーン様より、もう少し兵を送れとのごめいれ……」
そこまで言った兵士は、こちらにゆっくりと近づくモンスーのただならぬ様子に、その身を引く。
「ノックしたか?」
「は? え、一応は……ぐえっ!」
有無を言わさずに剣を突き刺したモンスー。それから兵士の帯びていた剣を抜き、床へと転がす。
「誰かいるか! 刺客だ!!」
慌ててやってきた別の兵士は、力無く倒れている仲間を見て眼を剥いた。
「一体これは……どうなされたのですか!?」
「こやつは、ノックもせずに我が部屋に飛び込んできた。しかも剣を抜き身で持ったままだ。我が命を狙う刺客と判断したゆえ、斬った。すぐに運び出し、処分しろ」
「は……ですが、この者はライリーン様の伝令を……」
「この様子では偽報かもしれんであろう! ライリーンに再度確認せよ! 良いな!」
「はっ!」
命じられた兵士が死体を運び出したのを確認すると、モンスーは手紙をゆっくりとつまみ上げるのだった。