【やり直し軍師SS-328】グリードル53 六ヶ月戦線17
エンダランドは本来、ドラクと共にボーンウェルの大砦を守る予定であった。
だが急遽予定を変え、メルドー領の国境線にあるヘインズの砦に向かっている。
理由はただ一点、ヘインズに向かって立ってきた連合軍の数が、予想を遥かに超えていたためだ。
エンダランド達の当初の読みでは、帝国の要であるボーンウェルの大砦こそ、最大決戦の場と定めていた。
だが飛び込んできた報告では、このヘインズの砦に、5万以上の兵が近づいていているという。
対して、ボーンウェルへ進んできているのは3万程度。連合軍は明らかにこの、ヘインズ攻略に注力している。
ヘインズの砦に籠る帝国軍は1万。決して少ない人数ではないが、5万が相手となれば話は別だ。
しかしだからと言って、ボーンウェルの守備兵を安易に移すわけにはいかない。どうあれボーンウェルはグリードル最大の砦であり、万が一にもこの砦を攻略されれば、戦線が一気に瓦解する。
そこで窮余の策として、エンダランドおよび、その配下が助力に差し向けられた。
エンダランドの配下とは、最近エンダランドが鍛えている諜報部の事。数年かけ、どうにか暗部としての体裁が整いつつある。
ヘインズの砦に駆け込んだエンダランドは、迎えの挨拶も早々に、砦を任されているジベリアーノの元へと急いだ。
当然、ヘインズもそう簡単に落ちぬような仕掛けは施している。が、対策はどれほど講じても、やりすぎということはない。
「エンダランド、今、到着した!」
名乗りを上げながらジベリアーノの待つ部屋へ入れば、そこには副将であるルアープ、そして元ナステルの将官であるヴェルガーが待ち構えている。
が、エンダランドの視線は、それら3将以外の場所に釘付けとなった。
「……なぜ、こんなところに? ジベリアーノ! これはどういうことだ!」
エンダランドの先にあったのは、些か信じられぬ光景。末席に当然のように、第一妃サリーシャと、元ウルテア王女オリヴィアが座っていたのである。
ジベリアーノを問い詰めようと、そちらに視線を移せば、当のジベリアーノはエンダランドよりも困惑した表情を見せている。
「……本当につい先ほど、お二方が唐突にお見えになられ、『一緒に戦う』と……」
その返答に再びサリーシャ様に視線を移すと、
「まあそういう訳だから、よろしく」
などとあっさりというサリーシャ。
「これはいくらサリーシャ様といえど、戯れがすぎますぞ」
エンダランドが苦言を呈すれば、サリーシャは唇を尖らせる。
「エンダランドには、私たちが遊びに来たように見えるのか?」
「……そういう訳ではありませんが……。ここは通常の戦場とは違うのです。二人に何かあったら、陛下やネッツがどう思うか、ご自重なされ。今ならまだ間に合います。早々に退去を」
「私達とて、無為にこの場にいる訳ではない。私はオリヴィアの護衛だ。何かあっても、私が責任を持ってオリヴィアを逃そう。他の者に迷惑をかけぬと約束する」
そのように言いながら、オリヴィアに視線を移すサリーシャ。オリヴィアは言葉を発さずに、ずっとエンダランドを見ている。察せよ、そういう事だろう。
エンダランドも、オリヴィアの考えは薄々勘づいている。だが、それを認めると、砦に居座る事を咎めにくくなる。
エンダランドは急ぎ、考えを巡らせる。2人がこの場から去る方法を。
「……オリヴィアよ、ラジュールの件であれば、せめてボーンウェルの大砦で対応せよ。それならばまだ、多少は安全だ」
「却下。その手には乗らないわ、エンダランド」
サリーシャが即座に拒否。流石に勘付かれたか。ドラクなら、2人の参戦を認めるはずがないし、同時に、この2人を強制的に追い出せるのはドラクしかいない。
では何か他の提案を、そう考え始めたエンダランドに対して、ようやくオリヴィアが口を開く。
「エンダランドよ、お主もわかっておるのであろ? ラジュールの調略にはここ以上の場所はない。そして、ラジュールの件は、この地の戦いの帰趨を決めるかもしれん」
オリヴィアの言葉に、エンダランドは言葉を詰まらせた。オリヴィアの指摘はまったく正論であり、相手がオリヴィアでなければむしろ逆に、エンダランドがこの場所に止めようとするだろう。
「しかし……」
簡単に承服できる話ではないのだ。この砦はおそらく現在、各要衝の中でも、最も危険な、具体的には全滅の可能性すらある場所となっている。
「……エンダランド、お主の考えていることも分かる。おそらくじゃが、この砦は一歩間違えれば皆殺しであろうの。だがの、どの道敗れれば我らの未来はないのじゃ」
「それは極論に過ぎるぞ。安全な場所にいれば仮にグリードルが敗れたとて、命を繋ぐ方法はあるはずだ」
「エンダランドともあろう男が、見当違いなことを言うでない」
「見当違い?」
「……仮に、グリードルが敗れた時、ネッツはどうなる? ネッツのおらぬ世界で、我にただ、生きながらえよと言うのか?」
「……」
「何、勝てば良い。そしてそのために、我はこの場にやってきた。さて、この問答はもう終わりぞ。今、このような無駄話をしている場合でない事はお主が一番分かっておろう」
これ以上は反論が見つからない。
完全に言い負かされたエンダランドに、オリヴィアの言を受け入れる以外の選択肢は残っていなかった。




