【やり直し軍師SS-326】南の軍師 来訪⑤
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ドランとオリヴィアの戦いはこれ以上ないほどに異質だった。
盤上の駒を動かしたかと思えば、次の手番では駒には触れずに、口頭で数字と駒を指定して自分のターンを終える。
本来のルールであれば、自分の手番では必ず一つの駒を動かす。駒の動かないターンがあっても、黙々と進める様は、側から見たらずいぶんと奇妙な光景だ。
けれど僕は、すぐに2人が何をしているのか分かって、思わず「うわぁ」と呻き声が漏れた。
「なんだロア、どう言う状況か分かるのか?」
首を傾げながら、2人の対決を眺めていた皇帝が問いかけてくる。
盤上遊戯の歴史を遡れば、実践的な擬似合戦のために生まれたものだ。それが時を重ねるうちに、徐々にゲーム的な側面を強めていった。
時間をかけてルールの変更を繰り返し、現在大衆に嗜まれている遊び方へと落ち着いてゆく。
僕と皇帝が戦ったのは、一般的と呼ばれる遊びで、普通、盤上遊戯といえばこれである。
ところがこの盤上遊戯には、もう一つ“古典的”というルールが存在している。
一般的に対して、使用する駒数は倍以上で、盤面も4倍の広さを必要。
尚且つ、駒の動きは一般的に比べ、非常に自由度が高く複雑だ。
さらに、勝敗の付け方も全然違う。
一般的は、敵の王を落とせば勝ちと明確。ところが古典的の場合、勝敗を決するのは、どちらがより多くの自領を確保できたか、と言う点を競うのだ。
なので戦い方も根本から異なり、もはや別の遊びとなる。
原初の擬似戦により近い形のこのルールは、一部の好事家でなければ、遊戯しようとも思わないだろう。というか、複雑すぎて一般の人たちには向いていない。
そしてドランとオリヴィアの前には、一般的用の盤面と、駒の数しか用意がない。
つまり、だ……
「こいつら、足りない分は自分たちの頭の中で進めてんのか……」
さしもの皇帝も呆れた声を上げる。僕だって驚いた。
そもそも、古典的で実際に戦っているのを見るのも初めてだ。知識としては知っていても、古典的で対戦できる相手と出会った事がない。
唖然とする僕らの前で、ドランとオリヴィアの対戦はすごいスピードで進んでゆく。そんな2人に水を刺したのは皇帝その人。
「ちょっと待て! 何をしてんのか全くわからねえぞ! すぐに追加の駒と盤を用意させるから、せめてそこでやれ!」
皇帝の言うことは尤もである。2人以外には状況が全く理解できていない。このまま眺めているのはあまりにも無為だ。
皇帝の命令で準備が整うまで、ひとときの休息となった。
差し出されたお茶を口にし、やおら口を開いたのはドラン。
「オリヴィア殿は、戦場に出た事がおありか?」
「…………ないの」
妙な間が気になったけれど、否定したオリヴィア。そんなオリヴィアに対して、ドランは感心したように何度か頷く。
「なんと。それでこの腕前か。歴戦の名将を相手にしている心地ですな」
「大げさよ。時に、ロアもよく古典的など知っておったな。意図的に集めもせずに、古典的を知る人間が集うのは、かなり珍しいことぞ」
「いやぁ。僕は知識として知っていただけです。多分、お二人のようには戦えません」
しかも2人はほぼ、互いの頭の中だけで戦っていた。尋常ではない。
「謙遜じゃの。多分すぐに覚えようて」
「しかしまた、どうして古典的で対戦を?」
「何、ここに来る道中で、たまたまドラン殿が盤上遊戯の歴史に詳しいと聞いての。古典的もできると言うので、良い機会と思うただけぞ」
「確かに貴重な機会かもしれませんね……」
そんな会話をしていたら、古典的の準備が整い、対決が再開される。
こうして2人の頭に中にあった駒が配置されると、盤面はすでにかなり複雑なことになっていた。若干、ドランの方が優勢だろうか?
僕が状況を把握するためにうんうん唸っていると、皇帝が僕の肩をたたく。
「おい。ロア、お前に解説を任せる。説明しろ」
「ええ? 僕も分かっているか怪しいところですよ?」
「だがこのままでは、お前以外の全員が理解できん。ほれ、お前のところの双子など眠り始めたぞ」
ユイメイがずいぶん静かだと思ったら、確かにうとうとし始めている。
確かにこのままだと皇帝以外もどうしていいか分からないだろうなぁ。
「……間違っても良ければ、解説しますよ」
こうして僕はどうにかこうにか、2人の戦いをみんなに説明してゆく。ドランもオリヴィアも差し手が早く、僕は必死だ。
それから実に2刻半、僕がヘトヘトになった頃に、ようやく決着の時を迎える。
「……ふむ。流石は名高き御仁よ。ここまでじゃの」
オリヴィアが負けを宣言する。
「いえ。まさか、こうまで苦戦する相手が存在するとは、素直に驚きを感じております」
ドランもオリヴィアの健闘を讃える。それから僕の方を見ると、「ロア殿も大したものです。非常に正確な解説でしたな」などという。
あんな複雑な状況の中で、僕の解説にも耳を傾けていたのか。正直呆れるばかりだ。
それから続けて、「では、次はロア殿と一戦いたしましょうか?」と聞いてくる。
けれど、それを皇帝が止めた。
「今日はやめだ! 何をやっているか分からんのはつまらん! おい、オリヴィア、今度俺に古典的を教えろ! 話はそれからだ! まずは飯にするぞ!」
自分から盤上遊戯を遊びたいと言っておきながら、自由なものである。
「飯か!」
「腹へった!」
先ほどまでうとうとしていた双子が、ご飯の一言に反応すると、皇帝と連れ立ってさっさと食堂へ消えてゆく。
そんな後ろ姿を見送り、やれやれとため息を吐くオリヴィアは、ドランに向かって、「うまくいったの」と笑みを見せる。
その一言で僕は気づいた。
「もしかして、皇帝を飽きさせるために古典的を?」
「うむ。せっかくルルリアに会いにきたと言うのに、あの馬鹿は無粋なことをしおって。なので蚊帳の外に押しやってやったのよ。あやつはこう言う状況を嫌うからの。予測通り飽きおったわ」
そんなオリヴィアに向かって「ご配慮ありがとうございます」と頭を下げるドラン。
オリヴィア、劇中の人物よりも、ずっと凄い人だった。
頭を上げたドランは、改めて僕へと向き直る。
「とはいえ、古典的でロア殿と戦ってみたいのもまた事実。機会があれば、一度手合わせ願いたいもの」
「ふむ。妾も興味があるの。今度帝国に来た時は時間を作るが良い」
「は、はぁ」
なんとも気圧される2人である。
ともあれ、オリヴィアのお陰で、ドランはルルリアとの貴重な時間を過ごす事ができ、再会を約束してフェザリスへと帰っていったのである。




