【やり直し軍師SS-324】南の軍師 来訪③
「あら、来たわね。お疲れ様」
まるで近所からやってきたかのような気軽さで、ルルリアが僕らを出迎える。
「ツェツィーは公務?」
「ちょっとした陳情があって、今、話を聞いているわ。すぐに終わると思う。先にくつろいでいてって。シャンダル王子もようこそいらっしゃいました」
「ご無理を言ってすみません。お世話になります」
「お気になさらずに、そこの双子くらいお寛ぎくださいね」
そんな風にルルリアに指名された双子は、すでに我が物顔で館を闊歩している。彼女達にとって、一度来たことのある館は大抵、自分の家扱いである。
「双子に関しては、何かやらかしたら叱っていいからね」
僕が一応ルルリアに伝えると、ルルリアも心得たもの。
「もちろん」
と笑って、僕らを室内へと促した。
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ドランがフレデリアを訪れたのは、僕らが到着してから3日後の事だった。予定よりも1日押している。
「ルルリア様。ご壮健そうで何より」
ルルリアの前で臣下の礼をとるドラン。その背後には皇帝ドラクもその様子を窺っている。元々皇帝は同行する予定ではなかったけれど、まず間違いなく付いてくるなと思っていたので想定内。
それよりも皇帝の後ろにいる人物が気になった。一人は皇帝の腹心、ネッツさんだ。相変わらず落ち着いた物腰で、帝国を支える忠臣たる存在感を示している。
そしてもう一人、皇帝やネッツさんと同じくらいの歳のころの女性が立っていた。とても姿勢が良くて、どことなく品がある。同時に、ほとんど日の光を浴びていないような肌の白さが目をひいた。
ルルリアとドランの儀礼的な挨拶が終わると、皇帝とシャンダルだったり、ドランとツェツィーだったり、僕とドランだったりと、各所で最初の挨拶が取り交わされる。
そんな中で僕はネッツさんに「お久しぶりですね」と声をかけ、そのついでにネッツさんの隣にいた女性の事を聞いてみた。
「そちらのご婦人は……たしか、初対面かと思いますが……」
答えてくれたのはネッツさんではなく本人。
「貴殿が千の知謀を持つという大軍師、ロア=シュタインであるな。噂はよく聞いておる」
少ししゃがれた声。また聞き慣れない肩書きが増えているのは気になったけれど、もう、この辺りは増えるにまかせているので否定はしない。
「妾はオリヴィア=ストレインと申す。ネッツの妻ぞ」
その名を聞いて、驚いたのは僕だけではない。そばにいたラピリアも、「えっ! 貴方がオリヴィア様ですか!? あの、戯曲の?」と声を上げた。
そう、オリヴィアといえば旅一座の人気演目の主人公として、とても有名なのだ。
演目の名も『オリヴィア』。平民と亡国の姫という身分差のある2人が、時にすれ違い、時に慈しみ合いながら互いに惹かれ合うまでを情熱的に語った物語で、特に女性を中心に幅広い世代で親しまれている。
オリヴィアはほとんど表舞台に顔を出さないと聞いていたので、まさか本人がこの場にいるとは思わなかった。
僕らの反応にオリヴィアは少し顔を顰めて、
「先に言っておくが、物語はかなり誇張されておるからの? まあ、ロア=シュタインとその伴侶であれば、説明せずとも分かると思うが」
うん。大陸広しといえど、オリヴィアの気持ちを一番理解できるのは僕らしかいないとは思う。僕らの物語もまた、各地で旅一座が絶賛公演中である。
「……ともかく、お会いできて光栄です。けれど、本日はどうしてこちらへ?」
僕の質問に、皇帝を指差すオリヴィア。
「いつものアレの気まぐれぞ。そろそろいい加減落ち着いて欲しいものだ」
そんなオリヴィアの苦言は、皇帝は全く意に介さない。
「オリヴィアは放っておくとずっと引き籠っているからな! たまにはこうして俺が外に連れ出してやっているのだ! もう少し感謝してもらっても良いぞ!」
「誰が感謝などするか。大きなお世話じゃ」
このやり取りだけで、皇帝とオリヴィアの関係性はよく分かった。皇帝が最初に滅ぼした国の王女。2人がこのような関係に至った経緯はどんなものだったのだろう。すごく、すごく気になる。
何かの機会に話が聞けないかなぁ。そうだ、帝都の書庫の記録とか、ちょっと見学させてもらえないだろうか?
でもなぁ。帝都の書庫を覗くとなると、10日は欲しいな。そんなに時間取れるかなぁ。
僕が今はどうでも良いことを考えていると、ラピリアとオリヴィアの会話が耳に入ってきた。
「ご覧の通り、多分、オリヴィア様と陛下の話を詳しく聞きたいとか、当時の記録を漁ってみたいとか、そんなこと考えている顔です」
「……うむ。英雄が近くにいると、お互い苦労するのぅ」
失礼な。あの大きなお子様と一緒にしないで欲しいものである。
話がそれた。結局オリヴィアは何の用できたのだろう? すると、答えは意外な方向から明かにされる。
「陛下は、私と、オリヴィア殿と、貴殿の盤上遊戯対決をご希望されております」
そんな風に言ったドランの声音には、少し楽しげなものが含まれていた。