【やり直し軍師SS-322】南の軍師 来訪①
王都ルデクトラドに、ノーレスがやってきた。
ルルリアのお使いである。
相変わらずの男装姿で、僕らとテーブルを共にしたノーレス。姿勢良く紅茶の香りを楽しみ、口に運ぶと、その余韻を味わうようにほうっと小さく息を吐く。
「もしかしてこれは、レンペラ産のお茶ですか?」
ノーレスの指摘に、嬉しそうに反応したのはラピリアだ。
「あら、よく分かったわね。ノーレスはお茶に詳しいの?」
「いえ、たまたまです。お茶はまだ勉強中ですので」
「謙遜しなくてもいいわ。レンペラの茶葉なんて、知る人ぞ知る代物だから。私もノースヴェルに手配してもらわないと、そうそう手に入らないのよ」
ラピリアと海軍司令のノースヴェル様。二人は紅茶好きという共通の趣味によって、独自の交流がある。
「私はたまたまルルリア様からご馳走になったのです。そんなに貴重な茶葉だったのですね。私などに供していただくのは申し訳なく思います」
「構いやしないわ。うちの面々は茶葉の違いなんて分からないから。こうしてお客さんに出してあげるくらいしか楽しみがないのよ」
そんな風に言いながら、チラリと僕を見るラピリア。見られたところで紅茶の見分けは難しいんだよなぁ。美味しい、美味しくないくらいは判断できるけど。
というか、だ。
「ラピリアとノースヴェル様がマニアックすぎるんだよ。僕だって一般的な茶葉ならなんとか判別できるかもしれないけれど、次々と変わった茶葉を仕入れてくるんだから」
何せ好事家のひとりが海軍司令なので、北の大陸のみならず、南の大陸や東方諸島列島からも仕入れてくる。
「あら? でもノーレスは分かったわよ?」
「くっ!」
痛いところをついてくる。僕が反論材料を探していると、ノーレスが申し訳なさそうに割って入ってきた。
「あのう、仲のよろしいところ恐縮なのですが、そろそろ本題をお話ししてもよろしいでしょうか……」
「あ、ごめんごめん。ルルリアからの言伝だったよね? でも、手紙でも良かったんじゃないの? わざわざノーレスがやってくるなんて、文書には残せない事なのかな?」
「あ、いえ。そういう訳ではないのですが、ルルリア様が『直接伝えたほうがロアが喜ぶから』と仰ったのと、ある意味ではついでだったので、こうして立ち寄らせていただきました」
僕が喜ぶことで、立ち寄ったのがついで、ね。
つまり、ノーレスは再びどこかに向かう予定。そう考えていいだろうな。
そしてノーレスはルルリアと同じく、南の大陸の出身で、ルルリアが祖国にいる時から仕えていた。そのように考えれば行き先は自ずと限定される。
となれば、ノーレスはゲードランドの港から、フェザリス王国へ向かうのだろう。
ある意味で、と断ったのは、本来なら帝国から直接フェザリスへ向かうところを、ルルリアのお使いのために旅程を変更したから。
なら、フェザリス王国に僕が喜ぶ何かがある。もしかすると、ノーレスはフェザリスへ誰かを迎えに行くのかな? 僕の考えの通りならば、答えは一つ。
「……フェザリスの軍師、ドランが帝国へ来るのかい?」
ノーレスは僅かに目を見開くと、すぐに微笑む。
「流石は北の大軍師ロア様。ルルリア様の予測した通りでした」
「ルルリアの予測?」
「はい。『どうせロアにはそこまで言えば伝わるわよ』との仰せです」
……ルルリアらしい物言いである。しかし、ドランが北の大陸にやってくるのか。
「あれ? けれどまだ、南の大陸はそこまで落ち着いていないんじゃないの?」
小国だったフェザリスは、南の大陸で確固たる地位を築きつつある。けれど、まだ緊張状態が解消された訳じゃない。
「ロア様のおっしゃる通りです。ゆえに、ドラン様は皇帝陛下にご挨拶をとお考えです」
「なるほど。周辺国への牽制って事か」
「はい。それとドラン様ご自身も、一度北の大陸を見てみたいと。……まあ、本音はルルリア様のお顔を見たいのだと思います。ドラン様の愛弟子ですので」
フェザリスの外相であるダスさんも、ちょくちょくルルリアの元へと足を伸ばしている。お姫様、愛されておりますなぁ。
「それじゃあ、用件っていうのは帝国へのお誘いかな?」
「はい。ロア様のご都合次第ですが、よろしければフレデリアの領主館までご足労いただければと」
「それはもちろん行くよ。時間はなんとか都合をつけるよ」
「ありがとうございます。ルルリア様も喜びます」
こうして僕らに日程を伝えたノーレスは、一路フェザリスへと旅立っていったのであった。




