【やり直し軍師SS-319】グリードル49 六ヶ月戦線13
ズイスト軍本隊を率いるスクイーズは、14000の兵を以てグリードルの砦を囲んでいた。
砦にはいくつかの旗印が踊っているが、中でも守りにおいて機敏な動きを見せている一隊に目が止まる。
「あの旗印には覚えがあるな」
スクイーズが記憶を弄る横で、副官がいち早く気づき、言葉を添えた。
「あれはおそらく、ナステルの鉄の牙、グランディアではないでしょうか」
「ああ、そうか。言われてみれば、グランディアに違いないな。あのグランディアがグリードルに降っていたか……」
グランディアとの直接的な面識は数えるほどだが、あの者の性格は知っている。戦いに敗れれば、その時は死を選ぶような男だと思っていた。
そのような人物が帝国に降ったか。或いは、何かしらの取り引きがあったのかもしれない。
旗を眺め、考えに耽っていたスクイーズの視界の端に、こちらへ近づいてくる将の姿が入った。ランビューレからのお目付役、ルービスである。
ルービスは砦を指さしながら口を開く。
「スクイーズ様、あの旗印、ご覧になられましたか?」
「今ちょうど、その話をしていたところだ。おそらくは、ナステルの名将、グランディアのものであろう」
「私の方でも、そのように判じました。ゆえにご助言をと伺いましたが、余計なお世話でございましたね」
「いや、貴方の配慮はありがたい。情報は多い方が確度も上がると言うものだ」
「痛み入ります」
「折角だ、少々打ち合わせと行こう。敵指揮官がグランディアであるとすれば、貴方ならどのように攻め入るか」
ルービスは整った唇に人差し指を当てると、しばし沈黙。
「……私はグランディアと言う人物と面識はありませんが、確か、“鉄の牙”と言う通り名をお持ちでしたよね。簡単に折る事のできぬ強靭な胆力をお持ちの将とか……。尤も、名前倒れなのかもしれませんが……」
「ほお、その考えに至った根拠を伺おう」
「グリードルへ降っているからです」
簡潔かつ明瞭な返答である。
「貴方の言う通りだな。さてでは、まずはその辺りから攻めてみるか」
「その辺り? ……なるほど、寝返りを促しますか?」
控えめでありながら、頭の回転も早い。スクイーズはこの女性をかなり気に入っている。すでに良い相手がいるのだろうか? この戦いが終わったら、正式な使者を立てて、婚儀を申し込んでみようか。
「スクイーズ様、どうされました?」
怪訝な顔のルービスの言葉に、スクイーズは我に返ると、妄想を振り払うように一度咳払いをする。
「失礼。少々考え事をしていた。貴方の言う通り、内応の打診をしてみようと思う。グランディアが彼の国に降って日は浅い。案外簡単に転がるかもしれん」
「初手としては、私も賛成です。何かお手伝いできることはございますか?」
「そうだな。では、私の書いた文章に、貴方の署名もいただけるか? ズイストだけでなく、ランビューレの将の口添えもあった方が効果が大きかろう」
「良い案です。承りました。……グランディアが応じなかった場合はどうされますか?」
「予定通り、別働隊の到着を待って力攻めに入る。それまでは定期的に重圧をかけ、せいぜい恐怖に震えてもらうとしよう」
スクイーズの基本方針は、ルービスも納得できる内容であったのだろう。ルービスは「後程、書面を受け取りに向かわせます」と言い残し、自陣へと戻っていった。
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ズイスト軍が砦を囲んで、あっという間に一月が経過した。
グランディアには何度か書面を送りつけているが、今のところ反応はない。
「流石にそう何度も主人を変えはせんか」
もとよりそこまで期待した策ではない。別働隊の合流までの、時間潰しとでも言うべき類。スクイーズは今日を以て、切り崩しを終了させると決める。
現状、何度か小さな攻防戦が発生している。だが砦内の士気は高い。どこか、鬼気迫るものが感じられるのは気のせいだろうか。
まあ、今は砦内の事はいい。それよりも他の問題が発生している。別働隊の件だ。
別働隊を任せるホーゲルより、最初の報告が届いたのは10日ほど前。内容は少々理解に苦しむものであった。
要塞都市ロスターは無血で奪還したらしい。しかし、肝心の敵兵はズイスト国内を進軍中。まずは討伐を優先する。ゆえに合流が少々遅れると言う内容だ。
ロスターを奪還したのは重畳だか、敵がロスターを捨てた意図が不明だ。さらにそいつらは“解放軍”を名乗ったと言う。
考えたくはないが、名乗りの意味するところは、民の反乱とも受け取れる。
得体も目的も知れぬ敵は不気味だ。放置するわけにはいかないため、引き続き頼むと認めて返事を送った。
何、焦る必要はない。仮に住民の蜂起であれば、厄介であると同時に、鎮圧は容易い。こちらは10000の正規兵が追っているのだから。
ゆえにスクイーズは想像もしていなかった。
まさか、追撃戦にその後一ヶ月以上の時間を費やし、その上で『味方敗北』の信じ難い一報が耳に届く事になろうとは。