【やり直し軍師SS-313】グリードル43 六ヶ月戦線⑦
砦攻略の切り札とも言える掘削作業は、予期せぬ展開によって頓挫した。
塁壁の向こうに届いた坑道に、大量の水が流入。工作部隊は小さくない被害を受け、苦労して掘り進んだ穴は、瞬く間に水没したのである。
この出来事で命を奪われたのは、ジャストが手塩にかけて育ててきた特殊部隊だ。
行き場のない怒りを押さえきれなかったジャストは、鞘に入ったままの剣を一度強く地面に突き刺す。小石が飛び散り、小さなくぼみが生まれる。
そのくぼみに怒りを押し込むように、ジャストは大きく息を吸って吐くと、気持ちを切り替えた。
「……これで一つ、はっきりしたことがある。塁壁の向こうは、水濠だ」
その場にいる全員が頷いた。グリードルの者達は、新旧の塁壁の間に堀を作り、そこに水を流し込んでいたのである。
種が分かればなんてことはない。同時に、事前に見抜けなかった自分に腹が立つ。
川が砦の中を流れていて、塁壁が2つある。その先は少し考えれば分かることではないか。
「しかし、川は堰き止めたはずだが?」
ルガーの将の一人、ミルコが首を傾げるも、ジャストはすぐに否定する。
「こちらが川を堰き止めると同時に、砦の内側からも川を堰き止めたのだ。そうすれば堀の水量は減りはしない」
「奴らの策に、まんまと嵌められましたな。まずは我らの一敗。どうされますか?」
ヴェヴェルは苦笑。こういった策謀を得意とする男だ。血が沸き立つのだろう。
「ああ。確かに穴は水没したが、塁壁の下まで掘り終えたのは事実。その部分から壁を突き崩してしまおう。一部でも崩落せしめれば、水濠の水を抜く事もできる。もはや、川は堰き止めているのだからな。そうなれば残るは元の塁壁だけ。向こうもいよいよ進退に窮する」
「揺さぶりはかけぬので?」
「ヴェヴェルがやりたいのであれば好きにせよ。だがまずは、一枚目の壁の突破を優先する。良いな」
「はっ」
「では、再び工作部隊を中心に、壁の破壊に移る。流石に敵も指をくわえてみてはいないはずだ。工作部隊の守備を最優先に、皆、頼むぞ」
ジャストの指示で、諸将が一斉に立ち上がり、胸の前で両の拳を打ち付けた。
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塁壁の破壊工作が始まった。
塁壁上から多数の矢が降り注ぐ。しかし、ルガー兵に大きな被害を与えてはいない。
城門は固く閉ざされ、打って出てくる気配はない。上からの矢しか抵抗がないのであれば、対策などいくらでもできる。
無論、城門への警戒も怠ってはいない。東西にある城門には、ミルコとヴェヴェルが陣取り、敵が出てきたらいつでも動ける状態であった。
塁壁が崩されるのを嫌がり、打って出てくるようならむしろ都合が良い。力任せに城門を突破するのも容易かろう。
ジャストが戦況を見守っていると、ザモスがやってきた。ランビューレから派遣されたこの将は、何かと口を出してきて煩わしい。
「順調のようですな」
ザモスにしては珍しく、和やかに会話を切り出してくる。
「ああ。このままならば、無事に塁壁を崩せる」
「それは重畳。しかし、あまりにのんびりしすぎてはおられませんかな?」
こいつはとにかく早く進軍したいらしい。自分の功績しか考えていないのだ。
「ほお、では、ザモス殿に良い手でも?」
「ここに至っては、昼夜問わず攻め立て、敵の疲弊を誘うのも一策」
……馬鹿が。それではこちらの疲弊も免れぬのだ。万が一、守備兵が玉砕覚悟で打って出ることを考えてれば、無駄な疲労は歓迎できない。
そう思ってから、少し考えを改める。どうせなら夜間の攻めをこいつにやらせておこうか? そうすれば少なくとも日中はおとなしいかもしれない。
ザモスの提言はここまでほぼ無視してきた。少しぐらい取り上げてやって、働かせるか。
「なるほど、夜間に攻めるのは良いかもしれん。しかし我らルガー軍は見ての通り今、塁壁突破に全力を注いでいる。そこでだ、初日は貴殿らランビューレ軍が夜間の攻めを担当するのはいかがか? 明日以降は交代制にしよう」
ジャストの提案に、ザモスは渋い顔をする。しかし、自分から言い出した手前、いやとは言えないようだ。
「……そうですな。では、今宵は我らが受け持ちましょう。明日以降はよろしくお頼み申す」
まるで明日以降は自分たちは参加しないとも聞こえる物言いに、ジャストはしっかりと念を押す。
「無論。明日以降も我が軍と、貴殿らで協力して攻め立てよう」
不満げな顔ではあったが、ザモスはそのまま自軍へ戻って行った。
全く面倒なことだ。しかし、簡単に塁壁の向こうに侵入できる手がなくなった以上、夜間の攻めは良いかもしれん。
逃げ道も用意しておくべきだな。こちらとしては、グリードル軍がなるべく早く撤退してくれることが望ましいのだから。
夜間の攻めを担当する各将には、城門のどちらか一方を手薄にするように命じておこう。
方針が定まり、ジャストは一人、満足げにする。
ちょうど日が沈み始め、日中の戦いが終了しようとしていた。
その日の夜。
ザモス率いるランビューレの部隊が、『砦の外』から来た部隊に蹴散らされ敗走するとは、この時のジャストは微塵も想像していなかったのである。