【やり直し軍師SS-311】グリードル41 六ヶ月戦線⑤
グリードルが籠るカーサの砦からやや離れた場所に、ルガー軍の本陣は設置された。
敵の大将が野戦を好むネッツと聞いて、夜襲を警戒しての事だ。
先程、斥候による砦周辺の調査が終わり、軍議のために諸将が集められていた。
「川が砦内を流れているのか。飲料水としているのか? いずれにせよ、少し変わっているな」
ルガーの総指揮官であるジャストが呟く。言葉の通り、カーサの砦にはそこそこの水量の川が流れ込んでいた。
砦の外を川が流れているのならば分かる。水壕がわりになるからだ。だが、砦の中に川を通してしまえば侵入経路に利用されかねず、状況次第で弱点の一つに早変わりする。
「或いは土地柄、井戸水が確保できぬのかもしれません」
一軍を任されたヴェヴェルが私見を述べると、周りの将から「なるほど」という声が漏れた。
「ヴェヴェルの言にも一理あるが、井戸水も確保できぬような場所に砦を築くだろうか?」
言いながらジャストは腕を組む。水は籠城兵の最大の生命線だ。枯渇すればあっという間に人は弱ってゆく。
「ジャスト将軍の懸念も尤もですが、立地を優先したのかもしれません。地図を見る限り、この辺りではあの場所が、砦を建てるのに最も適しておりますゆえ」
そのように発言するは、武勇で知られる将、ミルコ。理屈は通っている。ざっと確認した範囲ではあるが、近隣で砦を建てるなら、ジャストでもあの場所を選ぶ。
「……そうかもしれぬな。そしてもしも本当に井戸がないなら、だいぶ楽になる」
「止めますか?」
ジャストの心を読んだように、副官のテインが応じた。
「ああ。川を堰き止め流れを変えよう。それだけで容易く、砦の兵士を乾かすことができる」
皆が頷く中、ジャストの策に異を唱えるものが一人。
「発言をよろしいか? それは些か手ぬるいかと」
そう口を挟んだのは、ランビューレから派遣された部隊の指揮官、ザモスだ。
「ザモス殿、手ぬるいとはどう言うことか?」
ジャストが聞き返すと、ザモスは少しもったいぶってから人差し指を立てて、
「砦の兵士が川の水を飲むのなら、より効率的な方法がございましょう」と言う。
「毒か?」
「左様」
ザモスは賢しげだが、ジャストは内心苦い顔をした。
川に毒を流す方法はジャストも考えた。だが、これは良くない。
第一にあまりに強い毒を川に流しては、この地域にどのような影響を及ぼすかわからない。
近隣住民が飲んで集落が死に絶えるような事があれば、恨みを買うのはランビューレではなく、ルガーだ。
では、弱毒を利用するという選択肢もあるが、今度は毒を飲まされたグリードル兵の動きが読み難くなる。
ルガーとしては、できるだけ兵を減らすことなく、砦を制圧したい。毒と気づいた後、砦内で己の運命を諦めてくれれば良いが、そうはならないだろう。
死兵による玉砕覚悟の突撃。あり得る話だ。
半死人のような兵士が相手なれば、最終的には我が軍が勝つ。だが、文字通り死に物狂いで攻め込まれては、被害の度合いが読めぬ。
おそらくザモスの発言は、ルガーの評判まで勘案しての進言ではない。それでいて生半可に効果的であるゆえに、タチが悪い。
ジャストは一考するふりをしてから、ザモスに姿勢を向ける。
「ザモス殿の策、見るべきところも多いが、まずは水を止めるだけで様子を見たい。なに、それほど急がずとも、砦の攻略は可能だ」
ジャストに策を却下されたザモスは、少し顔を歪めながらも無理を通す事なく引き下がった。
ゴリ押しできないのは、帯同しているランビューレ兵の少なさも影響しているのだろう。
いずれにせよ、すぐに引き下がってくれて助かった。これまでのルガーとランビューレの関係を考えれば、お互いにできるだけ波風は立てたくはない。
ジャストは一度咳払いをすると、改めて諸将へ命ずる。
「砦内に井戸があるなら、川を堰き止めても意味はない。まずはその辺りから確認を始める。それと同時に、テイン、早速あの部隊を動かすぞ」
「はっ。レブレア衆なら、いつでも」
レブレアはルガーの石工集団である。ジャストがその技術に目をつけ、戦場を駆ける技術集団として形にした。
少なくとも平原の国家において、戦場専属の技術集団を構成したのは、ジャストが初めての事である。そしてこの者達こそが、かつてランビューレの侵攻を跳ね除けた大きな要因。
「ザモス殿、悪いがここからはルガーの機密になる」
「……かしこまりました」
まだ何か言いたげだったザモスであったが、大人しく陣幕から出ていった。
ザモスの気配が完全に消えたところで、ヴェヴェルが小さく舌打ち。「毒など、我らが思いつかぬとでも思ったのか。滑稽なものだ」と言い捨てた。
ランビューレに対する悪感情は、何一つとして払拭されていないのだ。当然、各将はザモスのことを快く思ってはない。
「まあ良い。強固に自分の意見を主張しなかっただけましだ。それよりもレブレア衆の話に戻すぞ」
ジャストの言葉で話は本筋へ。
「それで、レブレア衆はどのように?」
「テイン、既にわかっているだろう? 塁壁の地下を掘り、侵入経路を構築。状況に応じて、掘った穴を利用し、壁を崩しても良い。各部隊は、レブレア衆が気づかれずに作業できるように、陽動を願いたい」
「はっ」
「それと水を堰き止める工事にも、レブレア衆から一部を回そう。他に人手もいるな。各隊から数名出してくれ」
「「「承った」」」
「あとは……ヴェヴェル、向こうも当然対策しているだろうが、川の流入、流出部分から砦に侵入できないか確認してくれ」
「かしこまりました」
「よし、では最初の基本方針はこれで決まりだ。始めるぞ」
「「「「「応!!!」」」」
こうしてルガー軍は、それぞれの役割を担うため、一斉に陣幕を出ていった。




