【やり直し軍師SS-308】酌み交わす酒の味
騒がしい帝都を2人の人物が歩いている。片方は山高帽を被っていたスキット。隣をゆくのはエンダランド。
エンダランドは先程より、愉快そうにスキットを揶揄っていた。
「しかしまさか、スキットが自ら陛下の前に出て来るとはのう」
山高帽の男は、これ以上ないほどに渋い顔をする。
「うるせえ。っつーかお前、すっかりジジイみたいな口調になってんな」
「そりゃそうじゃ。わしはもう結構良い年ぞ。年相応というやつよ。お前は変わらんな。少しは年を考えたほうが良いぞ」
「……余計なお世話だ。だからお前に声をかけたくなかったんだ」
スキットは悪態をつき、山高帽を目深に被り直す。そのさまを見て、また愉快そうに笑うエンダランド。
「まあ、どういう心境の変化か、この後じっくり聞かせてもらうとしよう」
この日、隠居中のエンダランドの屋敷に突然やってきたスキット。挨拶もそこそこに、「ドラクに会う必要ができた。段取りしてくれ」と言った。
皇帝ドラクとスキットは、かつては命のやり取りをした仇敵同士であり、余程の事がなければスキットから会いたいというなどあり得ない。
初対面からして、水と油くらいに相性の悪かった2人である。
まあ、エンダランドから見れば、二人は根本でよく似た性格をしている。ここまで相性が悪いのは、同族嫌悪というやつなのだろう。
スキットとドラクの因縁は今更の話だ。ともかく、話に乗って損はなかった。スキットを連れて久方ぶりに宮廷に顔を出してみれば、実に面白い見せ物が待っていたのだ。
あのドラクを、今や皇帝の名に相応しい権力と風格を備えた男を、ルデクの使者が言い負かしたのだ。
エンダランドの知る限り、ドラクをああまで言い負かした人物は、近年においては記憶にない。
ロア、と言ったか。興味深い男であった。エンダランドから見てもどこか妙な、なんというか、若くして老成したような人物という印象を受けた。
尤も、まさかこの歳になって、そのロアという人物の監視役を命ぜられ、ルデクへ足を運ぶことになるとは流石に考えもしなかったが。
いや、ドラクにもなにか思うところがあったのだろう。だからわざわざ、エンダランドを指名したのだ。
しばらく休ませていた頭には、なかなかの大役である。だが、悪い話ではないと思った。
ルデクとグリードルの同盟。あの男、面白い事を考えたものだ。しかもその交渉材料がまた興味深い。あの者が帝国陣営にいたら、どのような活躍を見せただろうか。
ふと、昔のことを思い出した。
思えばルデクにはひとつ借りがあったな、と。
尤も、直接的な話ではない。ルデクからしたらなんの話しだと言うだろう。
グリードルがまだ小国で、ドラクやエンダランドが厳しい情勢に喘いでいた頃の話だ。
現状をどうにか打破しようと、必死に足掻いていたあの時代、ルデクの大鷲こと、ビルザドル=ゾディアックが山を越えて平野に攻め入ってきた事がある。
ルデクの大鷲が舞い降りたのは、グリードルと敵対中だったエニオス王国。
エニオスは目下、グリードルが侵攻中の別の国に援軍を出している最中であった。
ルデクの大鷲の襲来に慌てたエニオスは、援軍を全て撤退させる。
兵力が大きく減ったナステルは動揺し、グリードルは勝利を収めた。
つまり結果的に、グリードルはルデクの動きに大きく助けられたのである。
あの一件がなければ、グリードルが今こうして、平野に覇を唱える事ができたかすら分からない。
それこそ隣を歩いているスキットに、揃って首を差し出す未来もあり得たのだ。
と、そこでまた記憶が刺激される。そう言えばドラクとスキットが初めて顔を合わせたのは、ナステルとの決戦の直前だった。
奇妙な縁を感じずにはいられんな。
エンダランドは思わず、小さく笑いをこぼした。その様子を見たスキットが少し身をのけぞらせる。
「なんだ? 気持ち悪いな。いよいよボケたか?」
「いやいや、スキットも若かったの、と思ってな」
「急にどうした?」
「確か一番最初は、ちゃんと畏まった口調で話していたの」
「かぁー! そんな昔の事をほじくりかえしやがって! 本当にお前は嫌な性格してんな! ドラクの次に嫌いだ」
「まあまあ。今回はわしのお陰で、裏町でのメンツも保てたのだろう? 感謝してもらわんとな。もちろん、うまい酒で」
「ちっ、お前はバカみてえに飲むから、あんまりいい酒は飲ませたくねえ。いい酒ってのは、こう、しみじみと味わうもんだ」
「ケチくさい事を言うな」
「ディサークの40年だぞ? ディサークの40年! バカ舌に味わわせるにゃあもったいねえよ」
「ほほう? あのスキット=デグローザともあろう者が、約束を反故にする、と?」
「そうは言ってねえ。だが、ディサークの40年を空けるのは、お前に安酒をたっぷり飲ませた後だ。そこは譲れねえ」
「よかろう。どのみちディサークの40年も朝にはわしの腹の中ぞ」
「ぬかせ。一口も飲まねえうちに潰してやる」
元気な2人は、帝都の喧騒の中を騒がしく去ってゆくのだった。