【やり直し軍師SS-305】開催! 競い馬大会⑤
2戦目は砂コースの中距離。ルデクの代表はリュゼルだ。
このレースは大きな波乱があった。最初のレースの興奮冷めやらぬ中、観客の声にパニックになった一頭が、コースを無視して暴走したのである。
暴走した一頭より後ろにいた馬たちは、一様に影響を受ける。幸いなことに落馬等はなかったものの、リュゼルはこの混乱に巻き込まれてしまう。
結果的に勝ったのは、ゴルベルの代表。終始2番手につけたレース展開で、最後の最後に先頭の馬をかわして勝利をもぎ取った。
僕らと共に観覧していたゴルベルの関係者も大喜びだ。
特に、ダービー卿とシャンダル王子の喜びようは、二人の子供がはしゃいでいるようで、最早微笑ましかった。
そうして次は芝コースの中距離。ホックさんの出番である。さらにグリードルからは、スメディアも登場する。
今回も見応えのある展開だった。
道中、全体の速度をコントロールするように動くホックさんと、逆に他の騎手たちを翻弄するように動きまわるスメディア。
両者によって他の騎手たちはすっかりペースを狂わせてしまい、ゴールを待たずに失速して行った。……らしい。
らしいと言うのは、全てダービー卿の解説によるところだから。正直僕には乗り手の駆け引きなど、ほとんど分からない。
ダービー卿の解説に言葉に耳を傾けながら、ホックさんを応援する僕ら。
僕らの声援が届いたかは分からないけれど、最終的に勝利を収めたのはホックさんだ。流石、ルデク最高の乗り手である。皇帝がめちゃくちゃ悔しがっている。
3レースが終わったところで、一旦休憩時間となり、僕らの元には簡単な昼食が用意される。穏やかに食事を楽しんでいると、双子とサピア女王がやってきた。
「あれ? どうしたの?」
休憩が終わったら出番となる3人だ。こんなところにやってくるのは何事だろう。僕が首を傾げていると、女王がゼランド王子の前に立つ。
「今回の取り仕切りはゼランド王子と聞いている。そのため貴殿に一つ、頼みがある」
唐突に言われたゼランドが、少し驚きながらも「なんでしょう」と問い返すと、女王は双子を指差す。
「次の砂の短距離に貴国メイゼストが出る予定だが、これを変更して欲しいのだ。妾と双子は揃って長距離の芝に出場したい。その許可をもらいにきた」
「えっ」
突然の変更希望に、ゼランドは驚き、一瞬ゼウラシア王へ視線を走らせようとして、かろうじて止める。
それから咳払いをすると、
「……企画自体は親善の一環ですので、予定通り進めねばならない必要はありませんが、わけを伺っても宜しいですか?」
「何、単純な事。元よりこの話は、妾とそこな双子の要望から始まったもの。故にこそ、3人揃って出場したい。それだけの話ぞ」
女王の言葉は、まあ、想定の範囲内だ。どちらの騎乗技術が優れているという口喧嘩がきっかけなのだから。さてはて、王子はどう差配するか。僕は、王子の対応を楽しみに状況を眺める。
「……ルデクとしては問題ありませんが、他の2国にも許可をとるべきでしょう。幸いここには皇帝陛下もシーベルト王もおいでです。お二方はいかがでしょうか?」
「俺は構わん。好きにせよ」
「他ならぬサピア様の要望です。私も異論はありません」
双方の許可を得た女王は、「感謝する」と簡潔に謝意を示す。
両者の返事を受けて、ゼランド王子が改めて宣言。
「ユイゼスト、メイゼストは共に、最終レースである芝コースの長距離に出場するものといたします。なお、次の砂コースの短距離はルデクは代役を用意いたしますが、その者が勝っても団体戦の得点には加算致しません。それで宜しいですか?」
ゼランドが無難な形でその場をまとめると、女王と双子は満足げに戻っていた。
そうして次のレースが始まり、皆が観戦に集中し始めたところで、ゼランド王子がこっそりと、「あれでよかったでしょうか」と耳打してきた。
「うん。良い落とし所だと思うよ」と伝えると、ホッとした表情を見せるゼランド王子。
4国すべての王が揃っている中での決断。大変だよね。本当によくやっていると思うよ。
僕がゼランド王子の頑張りをひそかに労っているうちに、4つ目のレースは進み、勝者が決まる。勝ったのはゴルベルの代表だ。
「砂場ではゴルベルの者が強いようだな」
今回も勝てなかった皇帝が、口を尖らせながら感想を述べる。
「此度の競技に向け、砂場のコースを新たに作って特訓してまいりましたゆえ」
そう答えるのはダービー卿。この2人、すっかり意気投合している。
「ほお。わざわざそこまでやっておったか。正直、帝国において騎乗技術の研鑽は盛んではなかったが、これは我らも本腰を入れるか……ゼランド王子よ。当然、この催しは今後もやるのであろうな?」
「……ご要望があれば。せっかくの催しです。そうだ、今後は各国で持ち回りにした方が、公平ではありませんか?」
「持ち回りか……悪くない。どうだ、シーベルト王よ?」
「大歓迎ですね。元々、競い馬の競技場を作ったのは我が国が先鞭ですから」
「そうだったな。どうせあの女王も賛成するであろうから、王子の言う方向で調整してみるか」
各国の王が一堂に介しているだけに、話が進むのが恐ろしく早い。
まあ、これで後はあんまり首を突っ込まなくてよくなりそうだから、密かに胸を撫で下ろす。
そんな僕の様子を目ざとく見つけたのだろうか。皇帝がニヤニヤしながら
「大軍師殿にも是非に、ご助力いただきたいものですな」
などと言ってきたので、予定変更。帝国でやる時だけ、皇帝が大変な思いをする方法を考えることにする。
そんな会話をしているうちに、女王や双子が競技場に出てきた。
「さあ、いよいよ最後のレースですな」
ダービー卿の言葉に、僕は観戦に集中するため気持ちを切り替えるのであった。




