【やり直し軍師SS-3】ショルツ③
“異変”をいち早く感じ取ったのは、リフレアの首脳でも、ショルツでもない。ただ日々を慎ましく暮らす庶民たちだ。
ショルツがフェマスの要塞工事の立ち合いから、久しぶりに宗都へ帰還したその日のこと。
食事を終え、愛する子どもたちを寝かしつけたあと、妻のオーレンがため息まじりに愚痴を漏らす。
「なんだか、夏になってから市場の物がなくなっている気がするの。それに値段も……」
「そうなのか?」
妻のなんでもない一言が妙に気になった。
「ええ。それに売っているお野菜も少し痩せてて、あまり質が良くないわ」
「……明日本山へ行ったらそれとなく確認してみよう。何か原因がわかるかもしれない」
「そうね」
その会話はそこで終わったものの、寝るときになってもショルツの中に小さな棘のように残っていた。
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翌朝ショルツは早速サクリの元へ向かう。
上層部の評価はともかく、サクリは間違いなく優秀だ。本来であればもっと評価されて良いはず。恐らくではあるが、サクリの功績を掠め取っている人間がいるのではないか。
尤もショルツにそれを咎める術もなければ、義理もない。だが、釈然としないものを感じるのも事実だ。
そんなことを考えていたら、あっという間にサクリの自室へ到着した。声をかけると「どうぞ」との返事。
「失礼する」
部屋にはサクリと、ムナールという従者だけがいた。
「どうされた?ショルツ殿?」
感情に乏しい顔でこちらを見ながらサクリが椅子を勧めてくる。
「実は、少々気になることがあり、貴殿の意見を伺いたい」
「…………市場に品が少ないことですかな?」
「なぜ分かったのです?」
「ショルツ殿は昨日宗都に帰還したばかりのはず、報告は昨日書面で貰っておるから、フェマスのことではない。ならば、宗都の変化についてではないかと推測したのみですな」
「……なら話が早い。どう思われますか?」
「理由は2つですな」
「2つ?」
「まずはルデクが荷止めを行っております。帝国も足並みを合わせている」
「……なるほど。もう一つは」
「この天候。夏から秋にかけて不作となる、そう読んでおります」
「……やはり。では対策は?」
サクリはほんの僅か皺を寄せてから、「既にコンヌル殿には伝えましたが……」と歯切れの悪い言葉を返してきた。
ああ、コンヌル殿の反応はおおよそ予測ができる。あのお方は吝嗇家でプライドも高い。サクリに意見されるのは面白くないだろう。
とは言え、人々のためにももちろんだが、ルデクと緊張状態にある今、食糧不足は兵糧にも影響を及ぼしかねない。
「そうだ、ショルツ殿、ひとつ頼まれてくれませぬか?」
「なんです?」
「貴殿からもコンヌル殿に進言していただきたい。聖騎士団の言葉とあれば、かの方の反応も違うやもしれんので」
「……そうですね。では私の方からも話してみましょう」
なんとも我が国は歪だな。ショルツは密かにため息をつく。諸々の風通しが悪い。
その後簡単に会話を交わすと、サクリの部屋を出て、まっすぐコンヌルの部屋へ。
「聖騎士団が何の用だ?」
尊大な態度で迎えるコンヌルに、ショルツは食料の懸念を伝える。無論、サクリから聞いたとはおくびにも出さない。出してもこの男は嫌な顔しかしないだろう。
「ふん、無駄飯食らいどもが。安心しろ、既にルブラルとは話はついておるわ。貴様らはさっさとルデクの弱兵どもを打ち破ってこい!」
そんな風に一方的になじられて、部屋を追い出された。
コンヌルの部屋を出たショルツは今度こそ大きなため息を吐いた。
ーー教皇猊下は一体何をお考えなのかーー
新しい猊下は聖職者としては理想的な存在だ。若年ながら貴賤問わず分け隔てなく接し、家なき者にも暖かい手を差し伸べる。
時間があれば平和を祈り、人々の尊敬を集めていた。
ショルツも尊敬している。だが、為政者としては……
この辺りは本山の内部を知っている人間以外は知らぬ部分だ。元々政務は取り巻きが行うものであったが、ここの所その傾向が顕著である。
先代の教皇猊下はそれなりに政治にも口を出し、正導会も大人しくしていたが、今は完全に正導会のやりたい放題となっている。
ルデクとの戦いもそう、先代の教皇猊下であれば許しはしなかったであろう。
せめて先代が健在であればまた違ったかもしれないが、残念ながら先代は5年前に神の元へと旅立った。
尤も、それより以前から高齢によって空気の良い場所で養生をしていたので、健在だったとしてもどうにもならなかったかもしれないが。
まあ今は、コンヌルの言葉を信じるしかない。ルブラルと話がついているのならば、そこまで心配する必要はないだろう。
食料が無い。
秋、その事実が明らかになったとき、流石のショルツもコンヌルを切り捨てに行こうと剣を抜き、驚いたエルドワドに慌てて止められたのであった。