【やり直し軍師SS-297】グリードル36 軍議(下)
軍議の場がやや引き締まったところで、エンダランドが地図を指差す。
「4国がこちらに一斉に攻め込むとなれば、いずれも大軍となろう。ならば、グリードル軍が死守しなければならないのは、4つの砦」
エンダランドがぽん、ぽんと地図上の駒を置いたのは、ランビューレと国境を接する部分にある3つの砦に加え、帝国西部、ズイストとの国境線にある砦。
「新顔の将もいるので、改めて東側から状況を説明する」
そのように言って、帝国領の一番東にある一帯を丸で囲む。
「ここは、以前にランビューレ軍と戦った海岸線だ。海岸の道は起伏があり、広くはない。前回はそれを利用して、敵を分断した。だが、一度傾斜を抜けさえすれば、その後は軍を動かしやすい地形にある。前回痛い目を見たからといって、ランビューレが放置するとは考えにくい」
エンダランドは一度言葉を区切ると、聞き入っている諸将を見渡した。特に質問がないのを確認して、再び地図へと視線を移す。
今度は海岸線より内陸部へ。帝都のやや北あたりに再び丸をつけた。
「旧ウルテアの時代から最大の砦となる、ボーンウェル砦がここにある。帝都への最短距離となるこの地は、言わずもがな、最大の激戦地となろう」
エンダランドが言葉を切ったところで、「よろしいか」と声を上げたのは、新顔の将の1人、ヴェルガーだ。グランディアと同じく旧ナステルの指揮官である。
「何か?」
「ボーンウェルは有名な砦なので、私でも存じているが、海岸線のあたりにも同じように守備兵が頼れる砦が?」
「ああ。かつてはなかったが、今はある」
「つまり、新たに造られたのか?」
「そうだ。と言っても、いちから造るほどの人的余裕はなかったので、既存の砦を拡張することで対応している。これから説明する重要拠点も似たようなものだ」
エンダランドの説明に、新顔の将官が揃って頷いた。砦の強化は、休戦協定を前提に動くことが決まった時からの既定路線。
いずれ必ず激突する事になるランビューレ対策として、改修を急がせのたのである。
「なるほど、理解した。説明を止めて申し訳ない」
「いや、かまわぬ。むしろ気になったところはどんどん意見していただきたい。我らが見落としている点もあるかも知れぬ」
エンダランドは次に、帝国北西部に丸をつける。この場所は、帝国軍が度々スキット軍と戦ってきた因縁の場所である。
「道は広いが雑木林が多く、互いに伏兵を配しやすい地域だ。できれば、こちらから攻め入ってサルトゥネという砦を押さえたいところなのだが……」
サルトゥネの砦はライリーンの実家、メルドー家が管理していた大きな砦だった。ライリーンの寝返りによって、現在はランビューレの支配下にある。
「まあ、ひとまずは防戦一方になるだろう。サルトゥネ制圧は今後の課題だな」
ドラクが先へ進むように促すと、エンダランドの指は次へと向かう。
「最後はズイストとの国境線にある、ポルシアの砦。ここに関してはランビューレというよりも、ズイストの動き次第で対応が変わってくる。ズイストがどのように動くのか。一旦4国全軍がランビューレに集い、行軍する場合は、そこまで重要な場所ではなくなる。ズイストが自国から直接攻め入ってくるようなら、ここが最前線だ」
ひとまずの説明を終え、エンダランドが「ここまでで質問は?」と聞くと、グランディアが声を上げる。
「それで、こちらの勝利条件は?」
「戦線の死守。これに尽きる」
エンダランドがキッパリと言い放つ。
「しかし、守っているだけでどうにかなるものであるのか?」
グランディアはつい半年ほど前に、滅びた自国で守勢にまわって痛い目を見たばかりだ。そのことを思い出したのが、わずかに顔を歪ませた。
だが、エンダランドははっきりと、「なる」と断言。
「なぜそう思われるのか?」
「連合軍は所詮、急造の集まり。時がかかればかかるほど、必ずどこかで綻びが出る。やれ『うちの被害がでかい』だの、『方針が気に食わない』だのとな。そうは思わぬか?」
「……確かに。あり得る話だな」
「特に今回、連合にはルガー王国が参加している。ルガーとランビューレの仲の悪さは先先代より続く因縁。もはや呪いに近いものだ。ルガーを取り込んだ三宰相の手腕は認めるが、簡単に修復できる類のものではない。おそらくだが、三宰相も背中を刺されなければ良いという考えであろう。それに」
「それに?」
グランディアが復唱したところで、エンダランドはネッツの隣にいるオリヴィアに視線を向ける。
オリヴィアはこちらを見るなと言わんばかりに口を尖らせてから、小さく息を吐いて、「搦手を使うのは三宰相共だけではないということぞ」と一言。
頃合いと見たドラクが、
「さあて、それじゃあ、それぞれの持ち場を決めていくぞ」
と宣言し、それぞれの配属が決まってゆく。
後に、帝国史において『六ヶ月戦線』と呼ばれる最大の防衛戦は、この時より始まるのであった。




