【やり直し軍師SS-292】ひだまりの午後(下)
「フラムはしっかり黄色になっている実をもいで下さいね。判断に迷ったら、力を入れずにヘタを少し回してみてください。熟していれば割と簡単に取れますから」
持ち前の勤勉さで畑の作物に精通しておられるダンブル殿が、皆に収穫のコツを教えて回ります。
主人様とラピリア様は、揃って同じフラムの木に並んで、小さく言葉を交わしながら、ゆっくりと収穫を楽しんでおられます。
私も近くのフラムの木から、頃合いの実を探してはもぎ取り、籠へと優しく入れてゆきました。
淡い黄色に色づいたフラムはとても甘そうです。私の子供の頃は、このフラムが子供達にとって最大のおやつだったことを思い出します。
フラムは皮が厚く、手で剥くには少々コツが必要です。うまく皮を剥ける子供は、フラムの季節は人気者でした。
かくいう私も人気者だった側。かつての記憶を思い出し、ついついこの場で剥いてみたい気持ちが湧き上がってきます。
ちょうどダンブル殿が近くを通りかかったので、試しに一つ、皮を剥いて良いか聞いてみました。
ダンブル殿は快い返事と共に、
「構いませんけど、今、ナイフは持ってきていませんよ?」
と、おっしゃいます。
私は「大丈夫ですとも」と応じて、もいだばかりのフラムのお尻の部分に、ほんのわずかに爪で傷を残しました。
そこから側面を沿うように爪痕を這わすと、最後にヘタのついていた部分に少し窪みをつけます。
これで下準備は完了。再び実をひっくり返し、最初に爪で傷をつけた部分に改めて爪を差し込み、少しづつ力を加えてゆきます。
すると、
「へえ〜、キンドールさん、お上手ですね!」
とダンブル殿が感心するくらいに、綺麗に皮が二つに割れました。
「私も何度も挑戦したことあるんですが、こんなに綺麗に剥けた事ないですよ!」
ダンブル殿が思った以上に反応してくれ、少々誇らしく思ったのもつかの間。
騒ぎを聞きつけて主人や奥方様、使用人の仲間たちが集まってくると、逆に恥ずかしくなってまいりました。
それでも主人より「僕とラピリアにも1つ剥いてもらっても良いかな?」と言われれば、お断りはできません。私は先ほどよりも慎重にフラムの皮を剥くと、お二人にそっと手渡します。
主人は早速フラムの実にかぶりつくと、すぐに目を丸くしてこちらに視線を向けました。
「え? なんかいつもより美味しい気がするのだけど?」
見れば、ラピリア様も同じように驚いた顔をしております。
「理由はわかりませんが、フラムは昔から手で剥いたほうが美味しいと言われておりますね」
私が子供の頃から言われていた迷信のようなお話です、しかし、お二方は真剣に再びその実を味わいながら、議論を酌み交わします。
「もしかしてフラムは金物を嫌うのかしら?」
「うん。そうかもしれないね。ねえ、今日のジャムは手で剥いたものだけで作ってみようか?」
「でも私、キンドールさんみたいに上手く剥ける気がしないわ」
「僕だって。でも、ジャムにするならどうせ潰すから、多少不格好でも問題ないんじゃない?」
「それもそっか」
と、二人で笑い合います。
そんなお二人の微笑ましいやりとりを見ながら、同じく手剥きのフラムを食べたくてうずうずしている使用人仲間のために、私は次々にフラムの皮を剥いてゆくのでした。
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お二人で仲睦まじくフラムのジャムをお作りになられると、粗熱を取ったばかりのジャムを抱えながら、夫妻はクラザの庭へ。
クラザの花が咲くにはまだ早く、その一角は些か殺風景ではございますが、お二人はよくこの場所でお寛ぎになられます。
クラザの庭はレイズ=シュタイン様もお気に入りの場所でした。かの方への思いを馳せておられるのかもしれません。
お二人がクラザの庭で腰を落ち着かせたら、私どもは呼ばれるまでは近寄らない様にしています。
お忙しいお二人の、ささやかな時間。
ひだまりの中で穏やかに言葉を交わすご様子を、私は遠くから静かに見守らせていただくのでした。
たまには2人のイチャイチャ回でした。
もうSSも293話。300話目前ということに驚きです。
いつもお付き合いいただきありがとうございます!