【やり直し軍師SS-275】グリードル 閑話② ガフォルと少年(上)
「リヴォーテ、少し相談があるんだが」
ガフォルがリヴォーテの部屋をノックすると、バタバタと慌てる音が聞こえ、それから不機嫌そうな顔の本人が姿を現した。
「なんだ?」
不機嫌そうと言っても、基本的にリヴォーテはいつもこんな感じだ。
笑顔なのはドラク陛下と会話をする時くらいなもの。どうもこやつは、不機嫌そうな顔を冷静な表情と思っているようで、なかなかに微笑ましい。
とはいえ子供ながらに頭はものすごく切れる。さすが、この歳で陛下が信頼を置くだけのことはあるのだ。
「妃様方をお連れする馬車のことなのだが……」
「ああ、それなら……」
ガフォルでは手に負えなかった差配だが、リヴォーテにとっては大したことはないらしい。瞬く間に解決策を提案してくる。
ガフォルは事務仕事より剣を振り回していたほうが性に合っているので、任せられるところはリヴォーテに丸投げで良い。
「なるほど。では、そのようにサリーシャ様にも報告しよう。リヴォーテにも一緒にきて欲しいんだが、暇か?」
ここで一瞬リヴォーテの表情が曇った。何か重要な事をしていたのだろうか? それでも「あー……ま、構わん」と返してくる。
「何かしていたのか?」
「いや、たいしたことはしていない。ちょっと休んでいただけだ」
本人がそのように言うのなら、これ以上踏み込むつもりもない。ま、さっさと仕事を済ませれば良いだけだ。
「それは悪かったな。さ、行くか」
こうしてリヴォーテと連れ立って歩きながら、ガフォルはなんとなくリヴォーテと出会った時の事を思い出していた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ガフォルの出身地であるルガーは、平野の最も北部にある国だ。ルガー王国の北の国境には大河が流れ、平原の終わりを告げている。
その大河の向こうは独自の文化を育む、ツァナデフォル。気候も文化も大きく異なる別世界で、ルガーでは“狼の国”と呼んで恐れられていた。
とはいえ、ルガーとツァナデフォルの関係は比較的良好といえる。
南で国境を接するランビューレと険悪な情勢において、ルガーとしてもツァナデフォルは刺激したくない国であるため、先方にかなり配慮した付き合いとなっていたのだ。
そうは言っても、全く警戒しないというわけにはいかない。最低限の備えは必要だ。
ガフォルは、そんな北の大地を睨む砦に配属された新兵であった。
ガフォルは配属される前から少々目立った存在だった。理由はただ一点、背中に背負った背丈ほどもある大剣のため。
この大剣、元はガフォルの祖父が打った物である。祖父は腕の良い鍛治師ではあったが、大剣は本来、実戦用にこしらえたものでは無い。
本来なれば、祭具とされるはずの代物。
ガフォルの生まれ育った村では、秋の収穫期に合わせて、豊穣の女神リットピアに感謝する祭りが行われる。
ある年の祭りの前に、当時の村長から祖父に対して『女神の眷属神に捧げる剣を打って欲しい』という依頼があった。
リットピアの眷属神として有名な、暴将バルトザークへ捧げる剣を希望したのである。
暴将バルトザーク、その身長は大人2人分はゆうにあるという大男で、バルトザークが剣をふるえば、周りから生き物が消え失せると言われている。
そして同時にバルトザークの剣は厄災をも払うとされ、翌年の豊作を願う際によく崇められる存在だ。
バルトザークの伝説はよく知られており、生真面目な祖父は伝説に則ってこの大剣を作り上げた。……までは良かったのだが、出来上がった後に村長の希望と大きく乖離していたことが判明する。
村長の説明も悪かったのだが、村長はあくまで毎年の儀式で気軽に使える“普通のサイズの剣”が欲しかったのだ。
『こりゃあ、すごいけど、保管もできなければ巫女が捧げることもできんぞ』
村長の言葉で、祖父も初めて「しまった!」と思ったらしい。大急ぎで新たに剣を打ち直し、儀式自体はことなきを得た。
そして残ったこの大剣。処分するわけにもいかず、祖父の工房でしっかりと場所を取っていたのをガフォルが譲り受けたのである。
元々ガフォルは膂力に自信があった。ガフォルとしてはさほど力を入れていなかったとしても、加減がわからずに農具を壊してしまうこともしばしば。
両親からは『あんたは兵士にでもなれば出世するかもね』などと言われ、ガフォルもその気になっていた。手違いで大剣ができたのはその頃のことで、試しに振るわせて欲しいと願い出たのだ。
祖父は『人が使うような物ではない』と難色を示したものの、実際にガフォルが剣を振るう様を見て『これはもしや』と考えを改めた。
こうして後に村を出て仕官することに決めたガフォルに、餞別として贈られたのである。
しかしこの大剣が悪目立ちしてしまった。仕官自体は無事に登用されたのだが、上官より『大剣は捨てろ』と命じられてしまう。
上官の言うことにも一理あった。一般的な考えでは使いこなせる類の大きさの剣ではない。攻撃範囲を広げたければ槍を使えば良いと言う。また、『そのようなものを近くで振り回されては味方が危険で仕方ない』と。
しかしガフォルは拒否した。
村を出るまでに大剣での研鑽は重ねてきた。その上で、自分には使いこなせると思っているし、この重さがガフォルには一番しっくり来ていたから。
そうして一悶着あった結果、ガフォルは早々に閑職と揶揄される北部警備に回されたのだ。
そして砦の近くの町へ、新兵の仕事として買い出しを命じられたその日、とある目つきの悪い少年と出会うことになるのである。




