【やり直し軍師SS-266】グリードル23 レツウィーの事情
「レツウィー=シティバークと申します。まずは不躾な来訪をお詫び申し上げます」
ドラクやワールナート家の関係者がい並ぶ中、レツウィーは静かにゆっくりと挨拶をする。
「ドラク=デラッサだ。状況が状況だ。早速で悪いが、事情を聞こう」
「はい。一つ伺わせてください。今回のお話はオリヴィアさんからは何も伝わっておりませんか?」
「オリヴィアから? いや、聞いていない。隠す必要もないから正直に話すが、俺は婚儀を希望する貴族がエニオス王国にいるという以外は、何も聞いていないのだ。念の為確認するが、その貴族とはシティバーク家で間違いないのか?」
ドラクの言葉に動じるでもなく、レツウィーはゆっくりと頷いた。
「相違ございません。そして陛下の妻を希望しているのは、私めでございます。……やはり、連絡が行き違ってしまったようですね。おそらく今頃、オリヴィアさんより陛下へ伝令の方が向かっている最中かと思います」
なるほど、窓口役のオリヴィアに使者を送ったが、それを悠長に待っていられない状況が発生したから、この場に強行でやってきたといった感じか。
「いったい何があった」
「それをご説明する前に、私共が陛下の庇護を望んだ理由、そして婚儀を申し入れた理由をご説明した方がよろしいかと存じますが、構いませんか?」
「ああ。構わん」
「ありがとう存じます。陛下はエニオスの王、ガトゥーゾのことはご存知ですか? その……女性関係について」
「ああ。随分と好色な御仁であるようだな」
エニオス王は気が多い為に、複数の妻を抱えているのは有名な話だ。オリヴィアがドラクに多妻を勧めた際の説得材料としたほどである。
「はい。そしてガトゥーゾはこの私にも、妻になるように強要してまいりました」
「それは……」
なんとも、だ。
ドラクだけではなく、その場にいる面々が息を呑んだのを確認したレツウィーは、小さくため息を吐いてから続きを口にする。
「私の父は、なるべく時を稼ぎ、陛下がやってくるのを待つつもりでした。しかし……」
なるほど、わかってきた。この状況で待っていられないとなれば、
「エニオス王が強引な方法をとったか」
「左様でございます。あろうことかナステルへの援軍の一部をシティバーク家へ差し向けて脅してきたのです。父は自領に兵がやってきたことをいち早く察知すると、私を逃がそうとしました。本来はグリードル領へ逃れたかったのですが、簡単には参りません。また、陛下がナステルにおられたのは存じておりましたので、オリヴィアさんに連絡を入れつつ、陛下のいらっしゃるところを目指したのです」
「そういうことだったのか……」
ドラクは納得しながら改めてレツウィーを見た。エニオス王が妻にと請うたほどだ。整った顔立ちをしている。だがそれよりもドラクが面白いなと思ったのは、その落ち着き払った態度である。
状況からもとても落ち着いていられるような話ではない。にも関わらず、穏やかな表情をドラクへとむけていた。
「事情はわかった。レツウィーの身は俺が守ろう。しかし、一つ聞いていいか? シティバーク家はなぜ俺と婚儀を望んだのだ?」
「ありがとう存じます。ご質問の件、婚儀を望んだのは父に私が頼み込んだからです」
「貴殿が?」
「左様でございます。尤も、父はエニオス王の私生活をよく思っておりませんでしたし、早い段階で私に目をつけているという噂もありましたから、父もすぐに賛成してくれました」
「しかし俺のことなどよく知らんだろう? それに、グリードルはまだエニオスまで勢力のをばすには時間がかかる。近くの貴族と婚儀を結べばよかったのではないか?」
「いいえ。国内はもとより、周辺国はすべてエニオスの友好国。そしてエニオス王のことはよく知られております。その王が望んでいる娘を受け入れる家など……」
「それもそうか」
「それに私、陛下とこうして実際にお会いして、私の考えは間違っていなかったと確信いたしました。どうぞ、陛下の妻に迎えて頂きたく改めてお願い申し上げます」
この状況で否とは言えないわな。ドラクは気づかれないように小さく息を吐き、
「ああ。お前を妻に迎え入れることを約束する。だが、シティバーク家は大丈夫なのか? 見ての通り、俺たちはナステルと戦いの最中であり、エニオスまで兵を向ける余裕はない」
「そちらは大丈夫です。私は兵に驚いて逃げてしまって行方不明。ということになっております。当家が陛下と水面下で交渉しているのは誰にも知られておりませんので、今頃は私の捜索隊が結成されているのではないかと」
「それでも見つからなかった場合は?」
「エニオス王も事を急ぎすぎました。いくらなんでも、周辺が眉をひそめるような、かなり強引なやり口です。また、私の父は、我が父ながらそれなりの人物。むしろ今頃は、『娘がどこかで事故にあっていたらどう責任を取る』くらいの文句を王に言っていてもおかしくありません」
「そうか。だが、なんらかの形で支援を検討しよう」
「陛下のお心遣い、痛み入ります」
ひとまずレツウィーとの話は一息ついた。が、話はまだ終わっていない。
ドラクはもう一人、報告を待つ伝令に視線を移す。
―――スキットが会談を希望している―――
面倒だなと思いながらも、こちらの詳細にも耳を傾けるしかないのであった。