【やり直し軍師SS-255】グリードル17 圧倒
「何が一体どうなっているのだ!?」
どうにも理解できぬ、まるで異変とも取れる状況に、ナステル軍の将は困惑と焦りの混じった怒号をあげる。
そして同じように考えたのは、1人や2人の将ではない。各所で似たような事が起きていた。
本来であれば、渡河する敵兵を迎え撃っているナステルが圧倒的優位のはず。にも関わらず、まだ半数も渡河を終えていないグリードル軍は、こちらを圧倒しているのだ。
「ええい!! 怯むな! こちらの方が優位なのだぞ! まして相手は素人集団! 川へ押し込め! 押し込めえ!!」
指揮官が必死に叫ぶも、状況は微塵も好転しない。
時を追うごとにグリードル軍の数は増えてゆき、同時に急速に陣地を広げていった。
「馬鹿な、このような事が……」
先ほどまで高揚していた気持ちが、急速に萎えてゆく。それは指揮官だけの話ではない。否、深刻さ度合いで言えば、一般兵の方がより動揺は大きい。
「なんでこんなっ!」
「ひぃっ! 助けて!!」
あまりの地力の差に、心折られた兵士の悲鳴がほうぼうで上がり、それが余計に周辺のナステル兵たちの不安を煽る悪循環に陥ってゆく。
グリードルの諸将はこの好機を逃すほど甘くはない。
「全て薙ぎ払え!!」
「突き抜けよ!!」
方々で威勢の良い声が聞こえ、早くも戦況の趨勢を傾けつつあった。
そのような戦場において、もう一つの異変はナステル軍の後方で起こっていた。
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その時ドラクは、まだ対岸にいて、戦況を見つめていた。
と、何か嫌な感じがして、激戦となっている場所より先に視線を移す。そこに見えたのはワールナート家の旗印。
ナステルでは各貴族が兵を抱えて養い、有事の際はそれぞれが指揮官となって戦場に集う。
かつてのウルテアも親衛隊以外はそれに近い形態であったので、それほど珍しいことではない。
ドラクが気になったのは、そのワールナート家の旗の揺れだ。
ワールナートの家格を考えれば、被害の出づらい後方配置はあり得る話だが、まだ戦闘に参加していないにも関わらず、旗印が大きく揺れているのはおかしな話だ。
「おい、ルアープ」
「はい。なんですか?」
「肩車してやるから、ちょっとこい」
「は? 遊んでいる場合では……それに、俺はもうそんな歳ではありませんが……」
「馬鹿、遊びじゃねえよ。お前この中では目がいい方だろ。俺の上からあの揺れてる旗印のあたりで何が起きているか確認できるか?」
「ああ、そう言う事ですか。分かりました。しかし陛下に肩車していただくわけにはいきませんよ。要は向こうの様子を確認できれば良いのなら、上背のある誰か……」
「いや、めんどくせえからちょっと来い」
言うなり馬上からルアープを抱える。
「ちょ! 陛下!」
いっとき暴れたルアープであったが、少しすると諦めて、ドラクの肩の上に乗り、対岸へと目を凝らし始めた。
「何か見えるか?」
「うっすらとですが、土煙が見えます……戦闘中かもしれません…… 」
「やっぱりか」
そんなやりとりをしていると、エンダランドが近づいてきた。
「何を遊んでいるのだ」
「遊んでいるんじゃねえって。おい、ルアープ、もういいぞ。降りろ。エンダランド、ワールナートの内通がバレているぞ。味方から攻められてやがる」
ドラクがワールナート家の旗印を指差すと、
「なんだと!? ……まずいな……」
と表情を曇らせるエンダランド。簡単に救出できない場所とはいえ、ここで見殺しにすればワールナート家の心象は悪化する。諸々の話も破談になるかも知れない。
「だよな。ところでエンダランド、俺たちの兵の強さは証明されたと考えていいな?」
今度はナステルをぐいぐい押し込みながら、対岸に陣地を広げる自軍を指差すと、エンダランドは黙って頷いてから、「陛下、まさか……」と顔を歪ませた。
「そのまさかだ。おい! 全軍突撃する! ナステルの奴らを切り裂いて、嫁の実家を助けるぞ!! ついてこい!!」
「ちょっと待て!」
「エンダランド! ぼんやりしていると置いてゆくぞ!」
ドラクが突然川へと突き進んだことで、周囲も慌てて走り始めた!
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ワールナート家を率いてきていた指揮官、ザードバル=ワールナートは、突然周囲の部隊がこちらに剣を向けてきたことに戸惑いつつも、すぐに抵抗するために指示を出す。
裏切りが露見したか!
まさかとは思ったが、それ以外にナステルの兵から攻められる謂れはない。
「ザードバル様!」
「こうなっては仕方ない! 撤退するぞ!」
グリードル軍へ合流することも考えたが、それにはナステルの大軍を突き抜けねばならず、現実的ではない。
「しかし、逃げ道が……」
最初からザードバル達をここで殺すつもりであったようだ。完全に包囲されている。
「同胞に刃を向けるとは、どう言うつもりだ!」
ダメもとでそのように威嚇してみるも、敵は動揺することなく包囲を縮めてゆく。
「ちいっ!」
徐々に削られてゆく味方。その数が半分を切ろうとしたところで、包囲している敵兵から悲鳴が上がる。
「何事か!?」
ザードバルが声の方を向けば、グリードルの部隊が真っ直ぐにこちらへ近づいてくるのが見えた。
「助かったのか……」
僅かに息を吐いたのも束の間、近づいてくる旗を見てザードバルは驚嘆する。
「あれは、まさか!? ドラク様の本隊ではないか!? なぜここに!?」
混乱するザードバルをよそに、その旗印はすぐそこまで迫ってきていた。




