【やり直し軍師SS-254】グリードル16 激突
穏やかに流れるイーク川を挟み、グリードルとナステルの両軍が睨み合う。
「川の深さはどうだ?」
ドラクが聞くと、フォルクがすぐに返答。
「一般兵の脛ほどかと。気を抜いて良いわけではありませんが、そこまで渡河が難しいわけでも。尤も、川の中を退くとなれば、状況はまた違うでしょうが……」
「渡るのに問題ねえなら良いだろう。腰のあたりまで沈むような深さだったら、さすがに俺達はいい的だ」
対岸に同数の敵兵が見えている中で、川の流れで満足に身動き取れぬとなれば、もはや勝負以前の問題である。
「では、予定通りで」
「だな。とにかく盾を上にかざして、弓矢だけは気をつけろ。指揮官が馬鹿じゃなければ、向こうはこちらがある程度渡るまで攻めてこねえ」
「そうでしょうか……」
理屈は頭で分かっていても、渡河戦の経験の浅さから、今一歩信じきれないフォルクが不安を口にする。
「ま、もしこちらの上陸を待たずに攻めてくるようなら、今日の戦いは終いだ。一旦立て直し、別の攻め口を考える」
「はい」
「よし、それじゃあお前ら!! 始めるぞ!!」
ドラクの号令によって、グリードル軍は一斉に川へと足を踏み混むのであった。
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「グリードル軍、進軍を始めました!」
ナステル軍の指揮を預かるグランディアは、腕を組んだまま満足げに頷いた。
「よし。予定通りだな。では、ルドマンド殿、計画は変更なしということでよろしいか」
「ああ。かまわぬ」
同行していた宰相のルドマンドの許可を得て、グランディアは伝令へ命じる。
「グリードルの連中が半数ほど上陸するまでは、弓矢の攻撃のみに止めろ。各隊、逸って攻め込まぬように徹底させよ!」
グランディア達の狙いは、上陸した敵兵を逃げ道のない状況に追い詰めて殲滅することだ。
本格的な戦闘の目安は、渡河してきたグリードル軍が半数ほど上陸した時。
半分の上陸であれば、後方にはまだ渡河中の兵士がひしめき合っており、簡単に下がることはできない。その上で、数で優位になっている自軍が敵を叩く。
うまくすれば、グリードル軍は手も足も出ないままに大きな被害を被って、退却するしかなくなるだろう。
この作戦の難点は、ドラクの首を取れないことだ。先行部隊が殲滅されれば、流石にドラクは退却するだろう。
しかしながら、ここでドラクを取り逃がしたとしても、グリードルの被害甚大となれば、そのまま一気に追撃戦に移る。
道中でドラクも討つ事ができれば最上。取り逃がしたとしても、旧領回復は十分に可能。
この一戦次第では、グリードルの弱体化は避けられぬはずだ。なら、今度はこちらが喰らう番となる。
「しかし結局、策もなく、正面から馬鹿正直にやってくるとは……」
グランディアが呆れた声を上げると、ルドマンドがそれを制した。
「いや、グランディア。そう考えるのは早計だ。我々は一度すでに、あやつらを侮って痛い目を見ている。気を抜くべきではない」
「無論。侮ってはおりません。周辺の注意も怠ってはおりませんのでご安心を」
「ならば良い。戦いが始まったら……“例の処分”も……」
「そちらも準備は整っております」
2人は決して緩む事なく、川の方向を睨みつけるのだった。
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時は少し遡り、出陣前のディガントの砦。グリードル軍の軍議の最中の事。
皆の視線が集まる中、ドラクはその1人1人を見て、最後にジベリアーノで視線を止める。
「なあ、俺たちの軍って、弱いか?」
唐突に質問されたジベリアーノは、少し目を見開いてから、「弱い、とは思っておりませんが」と答えた。
ドラクは今度はアインに視線を移す。
「アインはどう思う?」
アインは少し考えて、言葉を選ぶように、「最初の頃よりは、大分強くなったかと思います」と。
ジベリアーノやアインの見立ても、間違いではないとは思う。だが、
「新顔のリヴォーテやガフォルから見たら、どうだ?」
先に反応したのはリヴォーテ。
「グリードル兵はかなり強いと思いますが? お2人は随分と志が高いのですね」と口にし、ガフォルも同意。
「だよな。俺は、うちの軍は今、結構強いんじゃねえかと思う。考えてもみろよ、俺たちはこの数年、ひたすらに戦場に身を置いてきた。そりゃあ、素人の多い軍だったから、弱さが際立っていたかもしれねえが、今はもう、違うんじゃねえか?」
日々見ているからこそ、少しずつ変化していった自分たちの強さに気づかない。今のグリードルはそんな状態にあるような気がする。
「過信、ということはないのか?」
たまらずエンダランドが口を挟んできた。
「いや、過信じゃあねえよ。説明が難しいが、それは間違いねえ。リヴォーテたちも言ってたろ? 後から入ってきたやつの方が、客観的な評価ができる」
「それはそうだが……」
「そしてナステルには、あまり戦いの経験がねえ。実戦といえば、精々ここ最近の俺たちとの争いくらいなもんだ。なあ、お前ら。これ、正面から戦っても俺たちが圧倒できると思わねえか?」
ドラクの言葉に対して、苦笑とともにジベリアーノが言葉をこぼす。
「不思議なことですが、陛下が言うと、何やら本当にそのように感じますな」
「感じるんじゃなくて、実際に強えだろ。前線には、ジベリアーノも、アインも、ネッツもガフォルもいる。後方はエンダランド、リヴォーテ、フォルク、ルアープも。他にも信頼できる奴らばかりだ。そいつらが経験豊富な兵を率いる。これは強えぞ」
誰も答えはしないが、部屋の中の温度が少し上がった気がする。その雰囲気を感じ取ったドラクは、はっきりと宣言した。
「今回の戦い。正面突破する。お前らの実力を天に見せつけようじゃねえか!!」
その瞬間、部屋が震えるほどの雄叫びが部屋に響いたのである。