【やり直し軍師SS-245】勇気の一歩④
読んでくださった沢山の皆様に支えられて、書籍版、明日発売です!
ルデク最強、いや、大陸最強と言っても過言ではない大将軍、ザックハート=ローデル。
持っているのが木剣とはいえ、私は腹の底から湧き上がる恐怖を感じ、喉までせり上がってきたそれをどうにか飲みくだすと、自らの木剣を強く握りしめた。
そんな私の隣にはウラル。ウラルが助力してくれたのは素直にありがたい。取り巻きの思惑に翻弄されて、かつてはすれ違っていた弟の力強い表情を横目で見る。
そんな緊張状態中で、ザックハートがふと、こちらの背後に視線を移した。
「王子の連れてきた者達は加勢せんのか?」
私はこの場に10人ほどの側近を連れてきているが、いずれも武器などを所持していない。
「基本的には立会人です。直接戦いに参加することはありません。あとは、私が動けなくなった時に連れて帰ってもらうための人員でもあります」
「ほお、殊勝な事だ」
余裕を見せるザックハート。私はウラルに小声で、
「ウラルは無理しなくていい。これは私の問題だ。僅かでも隙を作ってくれれば良い」
そのように伝えるも、
「……僭越ながら兄上、ザックハート様はそのように甘い相手ではありません。あの方の僅かな隙など、2人がかりで全力で立ち向かって、さらに幸運を得られて初めて毛先ほどあるかどうかです」
と返ってくる。
「ウラルの言うことも尤もだな。私が間違っていた」
「いえ。それよりも、そろそろ来ますよ!」
ウラルが叫ぶと同時に、ザックハートが動き出した。すでに良い年だと言うのに、凄まじい速さで近づく巨体。
「『受け止めるからかかってこい』と言う感じではないのだな!」
迫り来るザックハートにゼランドが言葉を投げると、ザックハートは歩みを止めずに、
「王子よ! 遠慮はせぬと申したはずですぞ!!」
そう言いながら木剣を振りかぶる。
まだ少し距離がある、そのように思った瞬間には、すでにザックハートの木剣はゼランドの眼前に!
「兄上!」
ウラルに突き飛ばされ、横へと転がるゼランドの視界の端で、ウラルがザックハートの一閃を槍の柄で受け止めようとするのが見えた。
槍は嫌な音を立てて、簡単に折れる。ウラルは直撃を逃れたものの、背後に一回転して膝をつく。
「ウラル!」
「大丈夫です! それよりも油断されるな! 誰か! 俺に新しい槍を!」
ウラルの声に反応した立会人の1人が、慌てて立てかけてあった槍を投げ、ウラルはすぐに姿勢を整える。
そんな様子を見て、ザックハートが感心したようにウラルを見た。
「ほお、日々鍛錬しているだけある。今の一連の動きはなかなかのものであった」
「お褒めに預かり光栄です、これでも毎日のようにザックハート様の戦いを見ておりますので」
2人が短い言葉を交わす間にザックハートの背後に回った私が、斬り掛かる隙を探っていると、ザックハートは首だけをぐりんとこちらを向け、鋭い視線で睨みつける。
「さて、背後をとっておきながら何もせぬのかな? そんな弱腰で、ルファを守れるとでも?」
「……勇敢と無謀を履き違えるほど、私も愚かではないつもりだ」
現に、背後をとったは良いが、どこにも隙がなかった。
「なるほど。だが、王子の師は、無謀を力づくで勇敢に変えるような男ですがな」
ザックハートは先生のことを言っているのだろう。確かに先生は無謀を通り越して、暴走に近い無茶をしながらもルデクを平和に導いた。
「私は王となる者だ。無謀を押し通すのは、全ての選択肢を使い終えた後のみ」
「ふむ。王としての心構えはよし。だが、それも勝てれば、の話」
ザックハートは再び私との距離を詰め始める。その様子を見たウラルが、ザックハートの背後を追い、槍を突き出した!
「動きが直線的すぎるわ!」
背後に目がついているのか、ザックハートは振り向くこともなくウラルの突きを避け、そのまま私へ木剣を横に薙いだ。
私は自分の木剣でどうにかその一撃をしのごうとする。だが、
「ぐあっ」
木剣同士がぶつかった瞬間に、横から巨大な岩に殴られたような衝撃を覚え、そのまま吹き飛ばされた。横回転で何度も地面に叩きつけられ、自分でも聞いたことのない呻き声が漏れる。
「なんじゃ。もう終わりか?」
動けぬ私を見てそのように言いながら、ウラルの槍もいなすザックハート。まさに化け物。それでも私はまだ、寝ているわけにはいかない。
どうにか体を起こすと、ザックハートに槍を突き出しながら移動してきたウラルが、私をかばうようにザックハートに立ちはだかる。
「兄上! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫だ。噂には聞いていたが、実際に受けるととんでもない一撃だな……」
ザックハートはウラルの突き出した槍を、また簡単に弾いてから、
「さて、あまり長引かせ、怪我を増やす必要はない。2人まとめてそろそろ終わりにさせてもらおう」と宣言。
「くっ」
ウラルが次の一撃に備えようとする。ザックハートは先ほどよりも強力な一撃を与えんと振りかぶった。
―――ここだ―――
私は予め決めていた合図を、立会人に混じっていたシヴィに伝える。
その直後に響く悲鳴。
「お義父様!? これはいったい!?」
それは間違いなくルファの声。ザックハートがそう聞き間違えるほどによく似た。
「なっ!? ルファ!? どこにおるのか!?」
初めて動揺を見せるザックハート、その一瞬を逃さずに、ウラルが攻勢に転じるも、振りかぶった木剣で受ける。
その時再び部屋に轟く、「お義父様やめて!」の声。
ここで初めて、ザックハートの纏っていた絶対的な強さが、ほんの僅かに揺らいだ気がした。
もうこの機会を逃せば好機は二度と訪れない。
私は自らの体を投げ出すように、腕と共に木剣を伸ばす!
そしてついに、私の木剣がザックハートの足先にコツンと触れた。