【やり直し軍師SS-244】勇気の一歩③
第二騎士団、第三騎士団を交えた、歓迎の晩餐会は穏やかに進む。
しかし、主役である私は、誰に話しかけられても全く話が頭に入ってこない。それでも笑顔で無難に受け答えできている事に、我ながら些か感心してしまう。
そうしていよいよザックハートが私の前にやってきた。晩餐会の冒頭に、軽く言葉を交して以来だ。
「王子、お楽しみいただいておりますかな? まずは一杯いかがか?」
ザックハートの大きな手に握られたワインは、まるで玩具のようでさえある。
「いただこう。忙しい中、私のためにこのような時間を割いてもらって感謝している」
「いやいや。それで、ルファは元気ですかな?」
最初からルファの事を聞いてくるとは思っていた。ここだ。私は注がれたばかりのワインを一気に煽ると、
「ザックハート、そのルファのことで少々込み入った話がしたい。あとで時間をもらえるか?」と伝える。
その瞬間、ザックハートの笑顔が獣のようになり、私をまっすぐに射竦めた。
「……ほお。ここでは話せぬ内容ですかな?」
「ああ」
私にとってはとても長く感じる、ザックハートとのほんの僅かな沈黙。その間もザックハートの視線が外されることはない。
私はとにかく負けぬように、ザックハートの視線をまっすぐに受け止め続ける。
「……承知した。では、後ほど王子の部屋にお伺い致しましょう」
「いや、それには及ばない。私がザックハートの元へ向かう」
「……そうですか」
短くそれだけ言うと、ザックハートは下がっていった。大きく息を吐いて緊張を解いた私のところへ、ニーズホックがやってくる。
「王子、何かありました?」
「いや、なんでもない」
「なんでも無いとこはないと思いますが……こんな場所でザックハート、殺気を放ってましたよ?」
「本当に大丈夫だ。さ、宴の続きを楽しもう」
怪訝な表情ながら、それ以上はニーズホックも追求しない。こうして時間は刻々と過ぎ、いよいよその時はやってきた。
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「で、話とはなんですかな?」
ザックハートの部屋にやってくる前に、水で喉を潤して来たにもかかわらず、部屋に入ってすぐに急速に喉が渇いたような気がする。
「単刀直入に伝える。私は、ルファを妻に迎えたい」
そのように言葉にした瞬間、部屋の中の緊張が急速に上がったのが肌で分かった。
様々な経験を積み、成長したつもりの私でも、ルファの件でなければこのまま逃げ出したいほどの。
「ルファはわしの義娘ではあるが、同時にサルシャの民だ。その意味を理解しての発言であるのか?」
「もちろんだ。周辺への根回しは行っている。ルファにはまだ話していないが……ルファが受け入れてくれたのちに、ルファがサルシャ人であると言う理由で貶めるものはいないと約束する」
「つまり、最後はわし、と言うわけですかな?」
「ああ。まずはルファを未来の王妃として迎え入れるにあたっての利点も……」
「いや、それは不要である」
「……そうか、では」
「そうじゃの、ならばわしに、本気の程を見せて頂きたい」
「何をすれば良い?」
「明日、一戦交えさせていただこう。どのような形であれ、わしに一太刀浴びせることができれば認めよう」
その言葉を聞いた私はつい、ほんの僅かに笑ってしまう。
それを見咎めたザックハートが、不快そうに顔をしかめた。
「なんじゃ? ふざけておられるなら、王子といえど……」
「いや、違うのだザックハート。実は言葉で説得できなければ、私の方からそのように提案しようと思っていたのだ」
「王子の方から? このわしを力で説得しようと?」
「ああ。なんとなくだが、それが一番ザックハートに認めてもらえそうな気がしてな」
「ふ、ふははは! なるほど、なるほど! その気概、大いに結構! だが温情はありませんぞ! 無論、死なない程度には加減しますが!」
大笑いするザックハート。これで最初の狙いは突破した。
「構わないさ、こちらも持てる手段を全て使って、ザックハートに一太刀浴びせてみせる」
「楽しみにいたします」
「では、明日」
そう言い残してザックハートの部屋を出た。あとは明日、ザックハートの鼻を明かすだけだ。
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翌朝。私は何人かの配下を連れて、約束の場所へ。
するとすでにザックハートが待っていた。それはいいのだが、なぜか隣にウラルがいる。
「なぜウラルが? 今は訓練中ではないのか?」
私が首を傾げると、ウラルは不満そうに口を尖らせる。
「兄上、水臭いではないですか! なぜ私にザックハート様と戦うと教えてくれなかったのですか!?」
「いや、心配させるのも悪いなと思い、全てに決着がついてから話そうと思っていたのだ。すまぬ」
ウラルは素直に謝る私の元へ歩み寄ると、くるりと方向を変えてザックハートに向き直った。
「何を?」
「この一戦、俺は兄上に加勢いたします」
「いや、それは……」
「言いたいことは分かっています。ですが、俺は兄上を守るために武を磨いております。此度の参戦は、ザックハート様も了解済みです」
そんなウラルの言葉を受けて、ザックハートも大きく頷く。
「ひよっこが2人になろうと、わしは構わぬ。さあ、御託は不要、始めようぞ!」
そう言って、普通の倍はあろうかという木剣をぶるんと振り下ろすのだった。